『待たれ人を愛して』

 

 

 

 

 

今日は何をご馳走しようか?そうクィッキーに問いかけながら楽しんで買い物をしていた時に、どうやら一悶着あったらしい。

 

 

買い物も済んでメルディとキールとクィッキーの3人の家の扉を開けると、その音を聞きつけたのだろうファラがおかえり、と駆け寄ってくる。しかし、なんだかそんなファラの様子がおかしかった。頬は普段より赤みを帯びているし、いつもメルディが眩しいと思うくらいの笑顔は控えめだった。

何かメルディがいない間にやってしまったのか?

頭でそう考えてから、その可能性を思いっきり否定する。メルディ自身がやるなら分かる。けど、ファラは誰よりも家事をテキパキとこなすし、旅の中でさえファラのそんなドジをする姿は思い出せなかった。

メルディがそう考えていると知ってか知らずか、とても言いにくそうにファらはおずおずと口を開く。

「ごめんね、メルディ。キールが倒れちゃって…。」

「バイバ!!ついにキールが倒れたか!?やっぱり、キールが仕事しすぎよ!!でも、これで当分休んでくれるな♪」

キールが勉強と仕事のし過ぎで倒れたことを心配に思いつつも、これで当分ベットに縛り付けておく理由ができたことに喜ぶ。キールが勉強熱心で一生懸命努力しているのを見るのは好き。でもそれでなかなか構ってもらえないのは寂しかった。しかし、ファラはメルディがそう反応したのを見て、慌てて頭を振る。どうやらそうではないらしい。

「えーと、メルディそうじゃなくって…」

訂正しようというう気持ちはあるらしい。けど、言葉に出すには憚れるようで、口だけが言い渋りを繰り返す。

「じゃあ、何か?」

ファラが先を促せるように首を傾けてそう問うと、ファラはさらに目を逸らしたまま困惑顔で固まってしまう。そんなファラの後ろで赤いものが視界に入ってきた。名前を呼んで姿を認める前に、すかさず助け舟が入る。こういうところは変わらないと、頭の隅でぼんやりと思った。

「俺達が逢い引きしてるのを見ちまったんだよ、あいつが。」

「ちょっ…と!リッド!??」

リッドが言葉を発した瞬間に、ファラの肩は意味もなくびくっと震えたのが気になったが、リッドの言葉を聞いて今度は怒りを露にする意味で肩がもう一度強く震えた。しかし、彼に対して発する声は怒気を含んだものと言うより、悲鳴に近い。顔をさらに赤く高揚させてるのは何よりもその証拠だった。

「本当のことだろ?メルディに事情を話さなくてどうするんだよ。」

さらりとすごいことを言いのけた本人は、至って冷静でファラに対して呆れ顔だった。そんなリッドの態度にファラはますます膨れっ面になる。

リッドは少し変わったと、メルディは思う。お兄さんのようなどこか頼れる感じは今も変わらない。けど、ファラと両思いになってからのリッドは自信がついたんだと思う。もちろん元からリッドにあったものではなくて、ファラに対してのリッドの自信。あんなにファラを愛していてファラからの必要を求めていたリッドは、誰が見ても一目瞭然のファラの想いを両思いになるまでは決して他の人の前で認めようとはしなかった。それが今はどうだろう?さもそれが当然であるかのように振舞っている。

そんなことをメルディが思っている間に、ファラの一方的な喧嘩が始まる。

「あ、逢い引きって何よ!メルディの前なんだからもうちょっと言い方ってものがあるでしょ?!」

「へいへい、それじゃメルディにキ…」

「!鷹爪落瀑蹴!!」

ドカッドカッどごぉーん!

よっぽどファラは恥ずかしかったらしい。その言葉を完全に口にされる前に、リッドに華麗に奥義を放つ。3年経ってもその強さは衰えないらしく、洗練された動きだった。なんだかそれを見事に受ける羽目になったリッドが可哀想になる。

「痛ってー!いきなり奥義繰り出すなよな!ここ人ん家だぞ!!」

「リ、リッドが悪いんでしょ!!」

大して痛くないかのように(おそらく相手がリッドだからだと思う。今の攻撃がキールに向けられたらと思うとメルディは背筋が凍った)そう不満をあげるリッドに、ファラはそっぽを向いたまま顔を赤くしている。ファラには残念だけど、メルディがリッドが何を言おうとしたか分かってしまった。

事態が進まなそうだったので、メルディから切り出すことにした。今ほっとかれているであろうキールが心配になる。

「それじゃ、キールがリッド達愛し合っているところ見て倒れたか?」

「メ、メルディ?!」

ファラがメルディの言葉にさらに顔を赤くしたようだったけど、なんでかな?普通に言ったつもりなのに。

「そうそう。そんでキールの奴はそのままぶっ倒れちまったって訳だ。」

その言葉を聞いて急いでキールがいるだろう寝室に向かう。仕事で体が疲れているには変わらないはずだから。

 

 

 

 

キールを数時間足らず看病して、やっと目を覚ました。目が醒めたらいきなりメルディの顔が近くにあって驚いていたキールだけど、それに構わず抱きついて仕事と勉強のせいで放って置かれた分久しぶりにキールと二人の時間を満喫して、メルディはご機嫌だった。今キールはリッド達に驚かされた分、リッドに散々文句を言っていることは想像がついた。

 

 

そうここは冒頭でも言ったようにメルディとキールとクィッキーの家。あの旅から3年が経って、懐かしいと思えるようになってきてしまった。でも、リッドやファラ、チャット、フォッグなど旅で仲良くなった仲間とは今でもこうして遊びに来てもらったり、遊びに行ったりして会っている。リッドもファラもラシュアンでの生活があるし、前の旅みたいに毎日会えることはないけれど、それでもメルディにとっては今このときが、キールが側にいてくれる生活がきらきら輝いていた。

「メルディ!」

2日前から遊びに来ているファラに呼びかけられて、メルディは振り返った。

「バイバ!ファラがこれ全部やってくれたか?」

振り返るとリビングは綺麗に掃除してあり、洗濯物は畳んできちんと並べてある。キールのことで精一杯だったさっきは気づかなかった。たぶんメルディが買い物に出かけている間に、やってくれたんだろう。

「うん、お邪魔しちゃってるしね、これくらいは。」

「ワイール!ありがとうな、ファラ!!」

にっこりお礼を言うとファラもつられて笑う。しかし、その顔もすぐに曇ってしまった。

「…その、さっきはごめんね、メルディ。」

キールを倒れさせてしまったことを言っているのだろう。メルディがファラに気にしてないと言うように、笑いかけた。

「ううん、それくらいで倒れちゃうキールが悪いな。メルディ聞いたよ、インフェリアンそういうの”甲斐性なし”言うな!」

「そこまで言ったら、キールが可哀想だよ。」

くすくす笑いながらそう言ってあげるファラが、なんだか羨ましい。そういう気持ちがつい口をついて出た。

「ううん、キールはキスなんて自分からしてくれない甲斐性なし。言葉も…滅多に言ってくれないな。だからファラがなんだか羨ましいよ。」

「メルディ、さっきのリッドの言葉気づいてたの!?」

ファラが恥ずかしそうだったから言わないつもりだったけど、言葉に出してしまった。ファラは少し頬を赤くして、驚いたように目を丸くしてこっちを見ている。そんなファラの態度がメルディには分からなかった。それでやっと2日前からリッドとファラを見ていて感じていた違和感の正体に気づく。その疑問を口にした。

「なんでそんなファラが恥ずかしがるか?」

「え?!そんなの当たり前でしょ!恥ずかしいもん!!」

自分を抱くように恥ずかしい身振りを伝えてくるファラにますますメルディは困惑した。これがセレスティアンとインフェリアンの違いなのかもしれない。

「けど、ファラがリッドと結婚した。リッドと愛が深めるの当たり前、違うか?」

そうファラとリッドは2ヶ月前に結婚したばかり、ラシュアンで小さいながらも幸せな式を挙げた。

純粋にメルディはリッドとファラのように、幸せな結婚をしたいなと思ってる。もちろんそれはキールとで、未だに恋人以上夫婦未満の生活が続いているのだった。

それなのに、新婚と言うよりいつもの雰囲気なのだ。前から夫婦に見えてもおかしくないと思っていたけど、でもだからって実際に夫婦になったのとでは違うはずなのに。

「当たり前…なのかな?」

分からないとでも言うファラに、メルディは不安になる。さっきのリッドとファラはいつも通りに見えたけど、喧嘩してしまったのだろうか?

「さっきキスしたってリッドは言ってたけど、本当はしてないんだ。」

「!」

それじゃ、メルディにわざわざ嘘ついたってことか?と考えがどんどん悪い方向に向かう。そんなメルディの様子に気づいていないのか、ファラはそのまま続けた。

「しようとしたら、ちょうどキールが部屋に入ってきて、中断したの。」

なんだ、キールが邪魔したせいかと、最悪の自体でなかったことに少しメルディは安堵した。しかし、キールのせいでファラ達を邪魔してしまったことがなんだか申し訳なかった。

「でもそのときに、私恥ずかしさのあまりリッドから顔逸らしちゃったんだよね。」

声のトーンが下がる。どうやらファラはそのことを気にしていたらしい。気に負っていたからこそ、メルディが帰ってきたときに、少し不可解な行動をしていたんだと思い出す。玄関まで来たのも、肩を揺らすほど驚いたのも、きっとそのせいなんだろう。

「でもな、ファラ!リッドはそんなファラが気持ちも分かってる。ファラが恥ずかしがり屋さんなことも全部知ってるよ!」

そう励ましてもファラは薄く笑って、目を伏せてしまった。

「ありがとう、メルディ。私もリッドが分かってくれてるの知ってるんだ。でもね、それだけじゃないの!」

ファラの声が震える。

「なんていうか、私達ずっと幼馴染だったでしょ?正式な交際期間も経ずに結婚したから、今は夫婦って言うより恋人同士みたいな感じなんだ。今までも家族みたいな感じだったから、同じ家に住んでも違和感は全然ないくらい、むしろ今までの別々な暮らしがおかしいって思うくらいなんだ。でも、なんだかリッドは全然違う。ううん、私に対する接し方が違うって言った方がいいのかな?今までより、結婚する前よりずっと近くにいてくれる。心もそうなの、全部包み込んでくれるくらいなの!!」

ファラの表情が複雑に歪む。嬉しいような苦しいようなそんな混ざり合った感情だった。

「でも、私はそれが恥ずかしいの!嬉しいんだけど、なんだかそこまでしてくれるリッドが苦しいの!!」

ファラの心からの叫び声なんだと思う。ファラが今言っている感情をメルディも知っている。旅が終盤になって気づいた気持ち、今も毎日格闘している気持ち。

だけど、メルディがそのまま何も言わずに相槌を打った。

「今までは幼馴染だった。ううん、私がずっとそう思いたいって思ってリッドにもそう接してきた。でも、そう思い込みたい気持ちも全部リッドが取り去ってくれたの。けど、いきなり恋人になったリッドが分からなくて、私は戸惑うの!分からなくなって、いい雰囲気なっても私から笑ったり、冗談にして誤魔化しちゃうの!!好きだって面と向かって言われても、私どうしていいか分からない!結局、今までの幼馴染としての対応をして何もなかったように流しちゃうんだ。」

全てを言い切った後、ファラは力なく両手を凭れた。頭は俯きがちにがっくりとうな垂れる。

ほとんどファラの言葉は支離滅裂だった。けど、思いだけはしっかりと伝わってくる。要するに、今まで一緒にいすぎて、なかなかリッドと愛を深められないってことか?

メルディにしてみたら贅沢な悩みだった。どう時間をひっくり返そうとしても、キールと共有していない17年間を一緒に過ごすにはあまりにも無理だった。だからこそ、今二人でいる時間を大切にしたいと思う気持ちが働くのかもしれないけど。

「ファラ…。」

「でもね、そのことについてリッドは何も言わないの。優しいんだよね。けど、やっぱり傷ついているんだと思うんだ。」

さっきまでのことがなかったように、悲しそうに笑うファラ。

「ファラきっと、もう一度新たにリッドに恋したんだと思うよ!だから、嬉しくて苦しい気持ちになるな。メルディにもある、だから分かるよ!けど、ファラが心はまだ準備ができてない。心は少しずつ準備していくものな。」

「恋か…。」

納得したような声で呟く、ファラにメルディは頷いて、話を続けた。

「はいな、だからファラ悪くない!それでも気になるならリッドに待ってて言えばいいよ。」

「これ以上、待っててなんて私言えない!!」

いきなり弾かれたように、叫び声をあげるファラ。どうしてか?

「ファラ?」

「あ。ごめんね、メルディ。」

我に返ったようなファラの謝罪に、メルディは大丈夫だよと首を横に振る。

「私、散々待ってもらったの。あの事件のことも、結婚も。ずっとリッドに待ってもらったんだ。もうそんな風にリッドに言えない、今度は私が頑張る番なの!」

「でもな、ファラは…」

「それでも、あいつなら待つと言うんじゃないのか?」

十分頑張っているよ!とメルディが続けようとして、キールがその言葉を遮るようにファラに言う。血色も戻って元気そうなキールにすかさず抱きつきたくなったが、ファラを優先して思い止まる。

「キール。」

キールの登場に驚いたファラは、そのままキールに視線を向ける。その視線を受け流して、リッド曰く二人が逢い引きしていたのを見て倒れていたのが嘘のように、理路整然と話を続ける。

「結婚したんなら尚更、リッドがファラのことをどれくらい大事に思っているかなんてこと分かったんじゃないのか?そもそも、それくらいでリッドが不満に思ってファラに一方的に責任を押し付けるというなら、僕達だってとっくにあいつを見限っている。」

「キール!」

キールのリッドに対してすごい言い様に、さすがにメルディも口を挟んだ。

「だかリッドはそんな奴じゃないだろう?結婚する前にこういうことくらいで思い悩むだろうなくらいは、あいつもある程度覚悟していただろう。それでも、ファラとの結婚を選んだんだ。それくらいリッドにとっては些細なことなんだろう。そんなに不安だというなら、ファラ。直接あいつに聞いてみればいい。僕は聞かずとも、あいつが待つと言うのが想像に難くないがな。」

それまで呆然とキールの話を聞いていたファラだったけど、その顔は徐々に笑顔になって、最後には満面の笑みに変わった。

「うん!ありがとう、キール、メルディ!私、リッドに謝ってくる!!」

キールの言葉にやっと納得したのか、ファラはそう嬉しそうにお礼を告げてリビングを出て行く。

「あいつなら、寝室だ。今罰として、ベッドの配置を変えてもらっているんだ。」

そのファラを追いかけて、キールの声がリッドの居場所を教えた。分かったという返事を遠くに聞きながら、メルディはキールに抱きつく。それは勿論、羨ましいなという羨望の眼差しで彼に訴えるために。

「キール〜?」

案の定、キールはぽんっと赤くなって、目を逸らす。肩を包む手が勘弁してくれと告げてきた。どれくらいそれをしていたのだろう?やんわりと体を引き剥がされて、キッチンに向かおうとするキール。どうやら、知らず書斎に2日間も篭ってしまっていたことを反省して、今晩の晩御飯は一緒に作ってくれるらしい。また二人でいる時間が増えることに喜びを覚えつつも、それだけで寂しかった気持ちをチャラにされてしまうのはなんだかずるいような気がした。

キッチンに向かって歩いていたキールが、急に足を止める。

「その、もう少し…………。」

うしろ姿だけでどんな表情をしているかなんて見えなかったけど、耳を真っ赤にしたキールがメルディに向けて言ってきたのを言葉を聞き取って、メルディは嬉しくなった。きっと今鏡を覗いたらメルディが顔は満面の笑みに違えない。メルディはクィッキーと飛び跳ねるようにキールのいるキッチンへと続いた。

もう少しだから待っててくれ、と呟いたキールの言葉を信じて。

 

 

 




 

 

 

あとがき:

はい、11月4日に一日だけ考察ページの方でアップしていた小説をやっと書き直しました!

ただ書き直すだけなのに、普通に短編を仕上げるくらい時間がかかってしまったので、不本意ではありましたがこちらに載せることに致しました(汗)

どうやったらリッドが堂々惚気る話が、新婚早々倦怠期に陥ってしまったのを悩むファラの話になるんでしょう?でも、リッドが愚痴っても深刻に聞こえないのに、ファラが叫ぶだけで深刻でどうしようもない事態に聞こえてしまうのはある意味すごいなと思いました(驚)

でもいいんです。堂々とメルディに惚気るリッドは書いたんだから、私の中で満足です!

 

執筆:2007119

 

 




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