『 知らぬは己が 』
「は?喧嘩した!?」
穏やかな挨拶もなく告げられた幼馴染の一人である彼女の言葉に、キールは絶句する。思わず天を仰ぐと、これからやってくるだろう惨事にキールは内心盛大にため息をついた。
「というわけで、メルディ!しばらくここでお世話になるからよろしくね。」
「はいな!!」
何事もなかったかのように笑顔で振舞うファラに、即答で了解するメルディには頭が痛い。久しぶりに再開した仲間に会えたのが嬉しいのだろうが、これでは些か問題が多すぎるのではないか。
「“はいな”じゃないだろ、メルディ!大体、リッドがこのまま放っておくわけ…」
「リッドが悪いの!!」
人が言い終わる前に、一方的に話を切り上げるファラ。どうやら今回ばかりは本格的な喧嘩らしい。今まで喧嘩という喧嘩をしたことがなかった熟年夫婦が、ここまで話が拗れること事態珍しい。そもそも、喧嘩になっても大体リッドが折れるのが常だった。だが、今回のファラの様子を見る限り、そのリッドも今回ばかりは折れなかったらしい。ここにはいない赤毛の幼馴染を訝しく思う。一体何があったのだろうか?
「よーし!今日は思いっきり二人で買い物しよーう!!」
「ワイール!!メルディ、いいショップたくさん知ってるな!」
こちらが思考に沈んでいる間にも、話は着々と進んでいたらしい。すぐにでも買い物に飛び出しかねない二人の雰囲気に、慌ててキールはファラを引き止める。
「ちょっと待ってくれ!せめて何があったかくらい事情を説明してくれないか?」
「……キール?」
「分かった!好きにしてくれ。」
笑顔で、隠しもせず有無を言わせないオーラを出しているファラに、僕が勝てるはずもなく。投げやりに答えれば、再びいつもの笑顔。どんなに月日が経とうと、幼少時代の親分と子分という主従関係に変化はないらしい。今度こそ僕は、声に出してため息をついた。
「は?ファラさんが出て行った、ですか?」
小さな体系には不釣合いな大きな海賊帽子をかぶった少女は、目を白黒させながら問い返してくる。その反応にどうしてこうなったんだろうと、リッドは人知れず肩を落とした。きっかけはほんの些細なことだった。ファラを喜ばせると思ってやったことが、逆に彼女の怒りを買ってしまったらしい。理由は未だ分からない。好意でやったことを怒られて、不満が溜まったまま口論に突入して、お互い珍しく2、3日口も利かずにいたと思ったら、村の連中からファラが村を飛び出したと話が飛び込んできたのだ。それを聞いてさすがに慌てて、ここミンツの港までやってきた。そして、今やインフェリアとセレスティアの橋渡しの役目を担う目の前の少女は、呆れたようにリッドを見上げた。
「確かに、ファラさんは先日のセレスティア行きの便に乗っていきましたけど…」
(やっぱり、な)
そんなことだろうと思って、ミンツに来たのは正解だったらしい。キールとメルディとは住む世界が違っても、なんだかんだ言いつつ会ったり、会いに来たりしている。けれど、チャットは言いにくそうに言葉を続けた。
「そ、その、リッドさんには申し上げにくいんですがー…、先日往復便が出たばかりで、次の便は一週間以上先になってしまうんです。」
「へ?どういうことだ、チャット。」
バツが悪そうに海賊帽子を整えるチャットと、少女の言葉をうまく理解できない青年。そんなリッドの様子を見て、諦めたようにチャットはもう一度事実を繰り返した。
「だ・か・ら!肝心のバンエルティア号は今メンテナンス中で、セレスティアに渡れるのは早くても一週間以上先ということです。」
今度こそ、がっくりと項垂れるリッドを尻目に、さすがのチャットも同情の視線を送った。
「あぁーもう、嫌ですね!ファラさんが一人で乗車してきた時点で、なんか嫌な予感はしていたんですよ。もう、お二人とも世界をまたいで喧嘩なんかしないでください。」
ファラを引き止めることができた立場として、少なからず負い目を感じているのだろう。思わずチャットの口から愚痴とも取れる言葉が飛び出した。
「頼む、チャット。」
そのまま両手を合わせて、リッドは少女に懇願する体勢へ移った。そもそもファラ一人で出かけて何事もなければ、喧嘩の最中彼女の後をこうして追ったりはしない。しかし、今までの保護者兼後片付け役という性分が消えないのか、それとも2年経った今でさえもなかなか落ち着きを見せない彼女を、どうしても(お節介という面で)信用し切れていないのか。おそらく両者の理由で、リッドはこのままチャットの言葉に素直に従うわけにはいかなかった。チャットもリッドの意図を十分に察したのだろう。ため息と共に、仕方ないですね、というくぐもった返事が返ってくる。
「ただし、メンテナンスは絶対です。早くても後二日は待ってもらうことになりますが、いいですね?」
こくん、こくん、と頷き返す青年に、少女はもう一度同情の視線を投げかけた。
隣でメルディの健やかな寝息が聞こえてきて、私はゆっくりと上体を起こした。
(眠れない…。)
分かっていたことだった。メルディとキールとあの旅の頃のようにはしゃいでも、二人の家の家事を手伝い、アイメンの町の人に進んでお節介を焼いても。どんなことをしたって、この隣にいない違和感は拭えないに決まっている。そんなことはここに来る前に、嫌というほど知っていたはずなのに。
(―…リッド。)
それでも、考えたくなくて頭を振る。考えたくない、考えたくないよ、と思うほど、鮮明に彼の姿を、声を、ぬくもりを、思い出す。リッドの変わりはいないのだ、自分の隣を埋めることができるのは。リッド以外のものでは、到底心に潤いをもたらすことさえできない。
(けど、リッドが悪いんだからっ)
思って、知らずシーツに握る力が篭った。アイメンについてから、5日目。メルディはおろか、キールさえもリッドの話題を振ろうとしなくなった。それはもちろん、私のことを気遣ってのことだけど、それでも何も言わずにここに居させてくれることに感謝した。ラシュアンに、リッドの居る場所に、まだ帰りたいとは思わない。体も、心も、リッドを渇望して止まないというのに。やっと眠気が襲ってくる。ここのところ、夢にまで出てくる彼の姿に眠ることもままならなかった。彼の愛情が恋しくて、同じくらい苦しくて、逃げ出したいと思ってしまう。好いているのか、嫌っているのか、その感情すらごちゃごちゃに分からなくなって、そこで意識を手放した。今日こそは彼に会わず、どっぷりと眠りにつきたい。
「どうしたの、メルディ?」
翌日、メルディと二人で出掛けた先のことだった。必要な日用品が入った買い物袋を二人そろってぶら下げるのにも、慣れてきたところだった。今日の朝から少し様子が変だったメルディは、今朝よりさらに百面相になっている。何か悩んでいることでもあるのか。どうしたのと、メルディに声をかけようとしたところで、メルディが勢いよく口を開いた。
「ごめんな、キール。やっぱりファラにはホントのこと言うがいい!」
「め、メルディ?」
何の脈絡もなく突然声を上げる少女に、話が読めずにぽかんと問い返す。メルディは真剣な顔で、私の空いている方の手を取った。私の手を握りながら、「だからな…」と前置きをしたメルディは話を続けた。
「リッドが、リッドがアイメン来てるよ!」
「え?」
リッドが来ている…?アイメンに!?
メルディの言葉を理解した瞬間、頭が真っ白になった。昨日、まだ会えないんだと、帰れないんだと、改めて実感したばかりだった。今リッドに会ったところで、どんな風にしたらいいのか、なんて言っていいのか分からない。しかし、固まってしまった私をお構い無しに、メルディは話を続ける。
「――――――――…けどな、リッドがファラを迎えには来ないって。」
「へ?」
リッドが来たという事実を聞いてから、それまでメルディの言葉も聞こえなくなっていた頭が、衝撃の言葉を捉える。
…リッドが迎えに来ない!??
「どうして!!?」
「バイバッ!」
さっきまで大人しく少女の話に耳を向けていたはずの私がいきなり大声を上げて食いついてきたものだから、メルディも驚いた。少女はしばし目を白黒させて、そして怪訝な表情で私をじっと見つめる。
「ファラ〜?メルディが話聞いてたか?」
その言葉に、はたと気づく。リッドがこっちに来ていることばかり気になっていて、メルディの話もろくに耳に入っていなかった。昨日の夜だって、リッドのことばかり考えてしまう自分を散々恨めしく思っていたのに、気づいたらこれだ。私は内心大きくため息をついた。そして、メルディに向き直ると、すまなそうに頭を下げて非を認める。
「ごめんね、メルディ。もう一回教えてくれる?」
「はいな、任せるよ!」
けど、メルディは気に留めた様子もなく、もう一度リッドのことを話し始めた。
『リッドな、昨日がアイメン着いたよ。キールがリッドに会った言ってたな。これはキールに口止めされたけど、リッドがファラ、ラシュアンに帰りたい思うまでそっとしておく言ってたな。キールも二人の事だからそっとしておけって。けどな、メルディやっぱり、リッドとファラが早く仲直りしたほうがいい、思うよ。な?ファラもそう思うよな?』
メルディからリッドについて聞いたことを思い出して、私はさらに足を速めた。
(私って、やっぱり矛盾しているかもしれない。)
リッドが来たと聞いて、まだ会えないと慌てていたばかりなのに。リッドがアイメンまで来たのに迎えに来てくれないと知ると、今度は自分から会いに行く。ぐちゃぐちゃになったリッドへの心は、私にも理解しがたかった。
(宿屋、宿屋と…)
路地を曲がりながら、メルディから聞いたリッドが泊まっているはずの宿屋を探す。宿屋の看板を目にして、そこに駆け込んだ。カウンターに座っているセレスティアの宿屋の主人は、走りこんできた私を見て目を丸くする。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな?!」
「ここに、リッド・ハーシェルって人が泊まっているはずなんですけど…。」
「ああ、あのインフェリアンの青年か。2階の正面の部屋に泊まっているはずだが…」
「ありがとうございます!」
宿屋の主人が言い終えないうちに、左にあった階段を駆け上がる。はやる気持ちを抑えて正面のドアをノックすれば、どうぞというリッドの声が中から聞こえてきた。おそるおそるドアノブを回して、ドアを押すと中には見知った人物が二人ともイスに腰掛けて話していた。
「!ファラ…。」
「!」
二人とも宿屋の店員だと思ったのか、入り口に目をやって私の姿を見ると一様に驚いた表情に変わる。落ち着いた表情に戻ると、一足先に行動に出たのはキールだった。座っていたイスを引いて立ち上がると、リッドの方を向いて口を開く。
「僕はこれで失礼させてもらう。」
「キール、計ったな…。」
してやられたとばかりに、少し低い声で幼馴染をねめつける彼。しかし、そんなリッドに構わず、キールは私がいる出口まで向かってくると、一旦足を止めた。
「リッド、勘違いをしては困るな。僕はメルディにおまえが来ていることを告げて、口止めしておいただけだ。だが、ちょうどいい。この際ファラといい加減仲直りでもしたらどうだ?」
そう言い残してキールはリッドの返事も聞かず、誇らしげに部屋を出て行った。ぱたん、その音でキールが後ろにあるドアを閉めたのがわかった。けれど、私はリッドの傍に行く気もなれず、そのままドアの前で立ち尽くす。重苦しい沈黙が辺りに流れる。
そこでやっと気づいた。私たちは今喧嘩中で、もう1週間もリッドと言葉を交わしていなかったことに。
分からない。無我夢中でリッドに会いに来たのに、どんな感情をぶつけていいのか、何を言ったらいいのか、仲直りの仕方すら忘れてしまったようだった。
「ファラ…。」
いつもより低い、怒気を隠しきれなかった声が、重い沈黙を埋める。少し俯いて座っているため、リッドの表情は前髪に隠れて見ることができない。けど、怒っている。こういうときのリッドは絶対怒っているのだ。
「…家出するのは勝手だ。けど、キールやメルディにまで迷惑かけるんじゃねぇ。」
「!」
けれど、怒っているのは私も同じ。彼の言い草に一週間ほど前の怒りが再び蘇ってくる。思わず座ったままのリッドに少し近寄って、反論した。
「何よ、それ!私がメルディやキール迷惑かけているってこと?!」
「ああ、今回だってそうだろ。キールたちだけじゃない、村の連中やチャットだって心配したんだからな。」
リッドも顔を上げると、怒気を含ませた目で私に訴えかけてきた。それに一瞬怯えながらも、思いっきり背を向けて負けじと反論する。
「…元はといえば、リッドが悪いんでしょ!?どうしてわざわざセレスティアまで来たのよ!家出したって分かってたなら、放っておいてっ!!」
言って後悔する。リッドはそれっきり反論せず沈黙した。らしくもなく言い過ぎたと思う。本当に放っておいてほしいわけじゃない。喧嘩中だって、セレスティアに来たって、嫌でもリッドのことを思い出した。メルディからリッドが来ていると知って、どうしても顔を見たくなったあの感情だって否定することはできない。
少し自己嫌悪に陥っていると、後ろからリッドの声が聞こえる。
「悪かった…。」
「え?」
問い返すまもなく、先ほどまで座っていたはずのリッドに後ろから抱きしめられる。
「い、いや…離して!」
「……。」
今はそういう気分になれなくて、いつもより力強い腕の力に低抗するように身動ぎした。しかし、手加減なしのリッドの力に勝てるはずもなく。少しの間もがいた後、仕方なくリッドに体重を預ける形になる。静かになってもう抵抗しない私に安心したのか、今度は私の肩口に彼は顔を埋めてきた。そして、耳元でしか聞こえない掠れた声で、囁く。
「すげぇー、心配した。」
「!」
リッドはずるい。こういうときのリッドはすごくずるい。たった一言で、どれだけリッドが心配していたのか伝わってきて、怒るに怒れなくなる。リッドの気持ちが伝わってきて愛しい気持ち以上に、苦しくて、切ない。一週間くらい前のあの日もそうだ。もともとはあの時感じた気持ちがすべての事の発端だった。
リッドのごつごつとした手が私のあご先に伸びる。気づいたときにはリッドとの顔と顔の距離が、鼻がぶつかりそうなほど迫っていて…。
「離してっ!!」
ドンッ
思わず体ごと突き飛ばしてしまった。徐々に熱が顔に集まってくるのを見られたくなくて、慌ててそっぽを向く。ただの“幼馴染”から脱した今も、未だリッドのこの手の行為には慣れない。
「何でだよ?!嫌なのか…?」
しかし、リッドからはずいぶんと不服そうな声が聞こえた。嫌なわけじゃない。でも、今のこの気持ちではできないと思った。けど、そんな恥ずかしいことを口に出して言える訳もなく、照れ隠しに虚勢を張った。
「私、まだ怒っているんだよ。」
「…俺、全然身に覚えねぇんだけど。」
後ろから深々とした溜息が聞こえた。どうやらリッドは喧嘩の原因が本当に分からないらしい。
「大体、ファラだろ?バロールの宝石店で宝石ほしいって言ったの。」
再び喧嘩になるのを警戒してか、幾分声色を和らげて私に問いかけてくる。私も少し顔の熱が引いたのを確認してから、リッドに向き直った。
「リッドが宝石プレゼントしてくれて、私嬉しかった。でも、リッドがボロボロになるんだったら、ちっとも嬉しくない!」
少しの間猟に行ってくる、そう言って村を出掛けたはずのリッドが何日経っても帰ってこないときは本気で心配した。そして、今度はリッドがやっと帰ってきたと思ったら、体中傷だらけで息が止まるかと思った。私も行く、その一言を今回言わなかったことをどれほど後悔したか、リッドは分かってない。
「だから、言ったろ?闘技場で賞金集めしてたって。…強い敵と戦うのが久しぶりで、少し油断したんだよ!―…なぁ、そのことはもういいだろ?」
宥める様に言ってくる、リッドの優しい声にそれでも首を振った。
「良くない、全然良くないよ。リッドが傷ついたら、いなくなったら、意味なんてない。」
「ファラ…。」
ぐちゃぐちゃになって分からない私の気持ちの、紛れもない本音だった。リッドもやっと私の言わんとしている事が分かったのか、瞳に反省の色を宿す。私はゆっくりと彼の肩に手を伸ばして、リッドの肩にやさしく触れながら包み込む。今度は私からリッドに抱きつく形になった。
「私、リッドが好きだよ?リッドにはちゃんと伝わってる…?」
「そ、そんなの、伝わって…」
少し照れくさそうに肯定しようとして、リッドは言葉を止めた。いや、止めざるをえなかったんだと思う。私がそっと、リッドの少し硬い頬に唇を寄せたから。
「リッドが私を愛してくれるように、私だってリッドのことちゃんと、…その、同じくらい想ってるんだよ?」
間近で見るリッドの呆けた顔が面白くて、今度こそぎゅっとリッドの肩に抱きついた。
リッドはいつも私を想ってくれる。物心ついたときからそうだった。リッドのやさしさに、大切にしてくれる気持ちに、旅のときもそして今も救われた。けど、ずっと愛されているのは、苦しいの、少し切ないの。私がリッドからの好意を期待しているのと同じように、リッドからもちゃんと求めてほしい。
「私たち“幼馴染”じゃなくて、こ、恋人なんでしょ?想うだけで満足しないで…。」
「…本気で言ってんのか。」
俺の肩にしっかりと抱きついたまま懇願してくる彼女に、思わず本音が口から漏れた。ファラにこのことを指摘されたときは、内心少し焦った。確かに物心ついたときから、ファラのしたいように、彼女が満足するように与え続けていた自負はある。ファラからの見返りを期待してやったことはなかった。けど、それは彼女の性格故だった。こちらが期待せずとも、お節介な彼女は見返りを進んで与えてくれる。俺が期待しても始めから無理だと分かっているものは、どちらにしろ無理なことだった。けれど、ファラは全然分かってない。自分が言っていることが具体的にどんなことを指すのか分かってないから、そんなことが言えるんだ。
「本気だよ、私だってリッドを大切にしたいんだ。」
純粋に嬉しい。その言葉こそが俺を充分満たしてくれるんだと、当の本人はまるで気づいていない。だからと言って、じゃあさっきの続きをしてくれと、ファラの言葉に素直に従って言うにはお互いまだ早すぎた。
「リッド…?」
背中に回す手が強張って、こちらが躊躇しているのが伝わったのか、それまで俺を抱きしめていた腕をといて、不思議そうに俺を見上げる。それが悪かったのか、良かったのか、ファラの顔を見ずに押さえ込んでいた気持ちに、先ほどのファラの言葉も相まって歯止めがかからなくなる。
「り…」
ドサッ
ファラが逃げられないように、でも傷つけないようにソファに押し倒せば、ファラはいきなりのことに驚いて目を丸くしている。傷つけないよう抜かりがない自分に、内心苦笑しながらももう心は決まっていた。今回ばかりは自分に非があるとはいえ、一週間もファラに触れることができなかったのだ。今日ぐらい、美味しい思いをさせてほしい。そう自分に言い訳して、自分の唇にファラのそれを重ねた。
「分かっただろ?当分、愛させてくれ。」
満足げに笑う彼は、優しく彼女に告げた。真っ赤になった彼女は、その言葉に何度も頷いたという。
彼女から愛されているのを気づいていないと思っていた彼は、誰よりも彼女を愛していた。
愛されてばかりだと思っていた彼女は、どれほど愛されているのか本当の意味では知らなかった。
あとがき:
某サイト様から素晴らしい小説に感化されて思わず書いてしまいました。
当サイトでは、ほとんどがリッド→ファラなんですが、いかがだったでしょうか?
執筆:2010年6月14日