『愛の言葉2』―夜の密談
そんなことがあってから、一週間たったある夜。
「やっぱり、キールだったんだね。」
こんな辺境にある村だと、さすがに夜は真っ暗で静まり返っていて人一人出歩かない。ただ星だけが光を放つ、月もない夜に私はもう一人の幼馴染に呼び出された、そう手紙で。呼び出した本人の髪は普段は濃い青をしているけど、今は闇に同化していて色白の肌と彼のお気に入りのミンツ大学の白いローブが目に入って、そう呼びかけた。
「ありがとう、ファラ。来てくれて。」
そう言うキールはエアリアルボードを使ってここまで来たらしく、ぜぇぜぇと息を切らしながら言った。只今、世間で言う恋人のメルディと一緒にインフェリア中を回っているはずの彼は、本当ならこのラシュアンにいるのはおかしかった。このラシュアンにも郵便物が行き来するようになって半年、その郵便物から二日前に差出人の名前もなく、今日この時間にラシュアンの門をくぐってすぐの壊れた風車の前に来てほしいという、呼び出しの手紙が入っていた。リッドはこんな回りくどいことをできる人じゃないし、一つ一つ丁寧に書かれた文体からいってキールかなって思ってきて来てみたけど本当にそうだった。乱れていた息を落ち着かせてからキールは口を開いた。
「僕がこれから言うことは、単なる余計なお節介の部類に入る。ファラが答えたくなければ答えなくてもいい、とりあえず僕の意見を聞いてほしいんだ!」
いつになく真剣なキールの様子に、ファラは驚きを隠せなかった。彼がこんなことを自分に言い出したのは初めてだったからだ。
「き、キール…?いきなりー…」
「ファラはリッドのことが好きなのか?」
私が全て言い終わる前に、キールにはっきりとそう告げられて絶句するしかなかった。ただ降りた沈黙の中に、一陣の風が吹き抜けた。
俺は猟師として、どこであろうと気配を消せられる自信はある。例えばこんな虫の音しか聞こえない夜であっても。
静かに隠れるのが人一倍苦手そうな彼女が、一生懸命道具屋の陰に隠れてキール達の様子を伺おうとしてるのを見て、さすがに咎めるために声を掛けた。
「メルディ。」
「バイバ!!」
案の定彼女は、クィッキーともども驚いてこちらを振り返る。やれやれと俺は頭を掻いた。こんなところをファラに見つかったら、俺までメルディと一緒に盗み聞きをしていたと間違われそうだ。そうなったら確実に、飯一食抜きのお仕置きは確実。なんとしてもそれだけは避けたい俺は、慌てて俺の家のほうまでメルディを引っ張って行った、もちろん二人にバレないように慎重な足取りで。
「リッドが気にならないか?!」
急いでいたために、メルディの腕を掴んでいたけど、唐突に彼女は掴んでいた俺の腕を引っ張って口を尖らせる。その表情は頬を膨らませて、ありありと俺への抗議の色が見て取れた。
「だからって、盗み聞きは駄目だろ?」
これはあくまで大義名分だったが、宥めるように言った。男には特に好きになった奴には言えないことがある。それはきっとキールだって同じだ。だから、わざわざこんな時間にファラを呼び出したんだろう。俺だってあの二人が何を話しているか、すごく気になる。でも、あえて聞きたくはなかった。所詮俺は、他人から促されたファラの気持ちを聞いたところで、結果がどうであろうと受け入れられないからだ。
俺がここに来たのは偶然に偶然が重なってのことだ。数日前テーブルの上にファラを呼び出すための手紙が置いてあったことも、今日たまたま窓から外を覗いたときにファラが待ち合わせ場所に向かう姿を見かけたのも偶然だった。もし村の野郎だったら、後でとっちめる必要があると思って隠れていたけど、結局姿を現したのはキールで、俺はそこですぐに帰ろうと思った。キールの後ろの建物に隠れるメルディの姿を見つけるまでは。
「それに、こんなことするなんてメルディらしくないだろ?キールのこと好きなら信じてやれよ。あいつは鈍臭いし、頭固ぇし、すぐ音をあげて頼りねぇけど、メルディに一途でいい奴だってことは俺が保障する。」
メルディは肩に乗っけていたクィッキーを胸の前でぎゅっと抱き寄せてから、俺の言葉に激しく首を左右に振った。
「違うよ!メルディだってキールがこと信じてる。けどな最近、キールが変!メルディ、キールがこといっぱい心配したよ。キールがメルディ一緒の時、いっつもぽかんしてて、たくさん倒れたな。メルディが大丈夫聞いても平気言う。だから、メルディ心配になってキールが原因突き止めるため後をつけてきたら、ここに着いたな。」
どうやらキールのことを心配して追っかけてきたことは分かったが、
「盗み聞きはまずいだろ?」
俺が諭すようにもう一度言うと、メルディは反省したようにしゅんとうな垂れた。もし呼び出した相手がキールじゃない他の奴だったら、俺は確実に聞き耳を立てて目を光らせたと思うが、それはこの場合には入らないものとして考えることにする。
「で、飛行艇で来たんだろ?エンジン音は聞こえなかったけど、どこに置いてきたんだ?」
俺は首を巡らせて、あたりを見回した。さすがに飛行艇を止めておくには、ラシュアンの森の中は無理だろう。そうすると村の外かと考え、頭が痛くなる。村の入り口にはまだファラもキールも話しているだろう。
俺が話題を変えて、怒っていないことにほっとしたのか、メルディは元気良く答えた。
「はいな、飛行艇レグルス道場の近くに止めてきたよ。」
「分かった、それじゃそこまで送ってやる。」
ため息を吐きながら、俺はついて来いと手で合図して森のほうに向かって歩き出した。正直、これ以上ここにメルディがいれば厄介なことが起きそうに思えて仕方なかった。それは俺の勘が、ファラに散々振り回された数々の経験が頭にそう告げている。厄介なことが起こらずに済むなら、それに越したことはない。しかし、メルディはその場に立ち止まったまま動こうとせず、俺は仕方なく振り返った。
「メルディ?」
俺の呼びかけにメルディははっとしたように、顔を上げた。その顔には決意が宿っていて、俺は思わず息を呑む。
「…―リッドに、メルディもリッドに話したいことあるよ!だから、メルディまだ帰れないな。」
メルディの真剣な様子に、俺はその話とやらを聞いてやることにした。話の内容も大体想像がついたが、ファラのいるときに何か変なことを言われるよりはよっぽどマシだ。
「いいぜ。ここで話すのもなんだから、俺の家に上がっていけよ。」
そう言って、後ろにある自分の家を親指で指した。
「でも、いいのか?」
しかし、逆にメルディは困ったように俯いて、俺にそう聞いてきた。
「?どうしたんだ?」
「キールが、夜は男の人の家が出入り禁止ってメルディ言われたよ。」
これメルディとキールの約束がひとつな、とニコニコしながら言ってくるメルディを俺は半ば呆けるような形で見ていた。すぐに我に返った後、この二人のバカップルさに俺はメルディの目も憚らず、盛大にため息をついた。
別に、モルルからわざわざエアリアルボートを使って、無駄な体力を消費してまでラシュアンに行く必要はなかったんだ。けれど、我慢できなかったのは、僕の方だった。メルディが抱きついてこなくなったと気づいてから、今日で6日目。その事実を本人に問いただすこともできず、自分からするなんて話はとてもじゃないが今の僕にはありえなかった。いや、…言い訳がましいが、とりあえず自ら努力はしたと弁明はしておこう。手始めに僕はシャンバールで立ち寄った行商人から、一度も目を通したことのない恋愛小説を買い、読んでみる。しかし、恥ずかしすぎて全部読んだはいいが、ほとんど内容を覚えてない始末だった。次に僕の中で甘いと思われる台詞をメルディの前で言えるように、お風呂の中で口に出す練習をしてみた。だが、これも気づいたときには宿屋の主人に介抱され、ベットの上に寝かされていた。どうやらのぼせていたらしい。だからせめて彼女の手を握ろうと思ったが、触れた瞬間に僕は卒倒してしまったらしい。と、とにかく、どれもこれも失敗に終わってしまって、後がなくなったとき思い出したのは僕の幼馴染であるリッドとファラだった。少なからず恋愛においてお互い問題を抱えている。メルディの願いもあることだ、ファラと話せば何か突破口が見つかると思って、彼女を呼び出したのだった。
「……。どうしたの突然?」
いったん何かを言いかけて口を開いたファラだったが、それは音にはならず思案した末に明るい声でそう口を開いた。実を言うと僕は、話す相手をファラでいいのか迷ったのだった。一般的に、男女間で色恋沙汰の話をするのはあまり得策とは言えない。男性と女性では価値観が違うし、何より同性同士だからこそ言えることもあるのだ。だから、もう一度リッドと話をすべきか迷ったが、彼らの場合すべてファラに左右されているとも言える。ファラと意見を交えなければ話にもならないと思ったのだ。それに、非科学的ではあるが、ファラと話したほうが僕にも有益であるような気がした。僕は覚悟を決める。夜の星明りに照らされたファラの顔つきが真剣なものに変わった。
「今の僕にとって、メルディはどんなものより愛しくて仕方がない存在なんだ!だから、彼女の笑顔を曇らせるようなことは、できうる限り避けたい。そのために僕は今ここに来たんだ!!」
半ば叫ぶようにして言った言葉はしっかりとファラの耳に届いたらしい。しかし、彼女の目がさっきのものより呆れと冷ややかさが混じっているように見えるのは気のせいだろうか?
「…―なんでキールは今言ったことをメルディに言ってあげないの?」
僕の質問には答えず、ファラは心の底から訴えかけるように言った。僕はその問いに答えることができなかった。僕自身分からない。だからこそ、こんなに結論の出ない問題に、いつまでも悩ませ続けられているんだ。
「ごめんね、キール。私、意地悪言った。…私にもよく分からないんだ。」
ファラは僕が応えることができないのを理解して、俯きがちにそう言った。
「それじゃあ言い方を変えよう、仮にリッドから申し出を受けたら、それに応える気はあるか?」
間髪いれずにそう返すと、彼女は目を見張った。僕はファラがまったくリッドに対してそういう感情を寄せてないとは考えられなかった。仮にそうだとしたら、辛くも楽しくあった旅で僕達は何を得たんだか分かったもんじゃない。僕の目的はメルディとは違い、説得して二人をくっつけることではない。ファラから上手く話を引き出して、そのうちに秘めてる想いを自覚させることだ。そしてもう一つ、リッドが言う『ファラの拒絶』が実際何であるかを一端でも掴んで、そこから導き出される答えを僕は証明する必要があるということだ。
「今は、」
一つ言葉を区切ってから、ファラはごくりっと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「応えられない…、と思う。」
幼馴染の衝撃の告白に、ある程度知らされていた事実とはいえ半信半疑だった僕はショックを受けた。なぜ?という疑問の声は口には出せない。ファラの声が、まるで心をぽっかりと置いてきてしまったようなそんな声だったから。次になんと応えていいかも分からない。暗闇と静けさだけがこの場を支配して、かなり焦りながら頭の中で思案していると、長く隔たれた沈黙を破ってくれたのはファラだった。
「ねぇ、キール。私達って立場が似てると思わない?」
そういって笑う彼女の顔が、いつもみたいな太陽に照らされた笑顔ではない。不気味なほどに整った笑顔、溢れんばかりの悲しさを湛えているような笑みだった。きっと僕の幼馴染で彼女を最も愛する彼だって、こんな顔を見たら心を痛めるのは間違いなかった。僕は無意識のうちにクレーメルケージを強く握っていた。悔しいときや悲しいときにする僕の癖だ。旅している間にメルディに指摘されて気づいたことだったが。僕は闇雲に信じきっていた。盲目的な信条は、思わぬところで人を突き落とす。幼馴染の僕にとってもあの二人の絆は完璧なもので、他の人間が入り込む隙間がまったくないものだと思っていた。いや、その見解はある意味正しいんだろう。ただ問題なのは、未熟なものが完全なものを作り上げてしまったことだ。完璧すぎて、中にある未熟なものはそれを打ち破ることができないのだから。
結局、俺の家に入って話すのか帰るのかと聞いたところ、メルディは「リッドが男の子だけど、その前にメルディが仲間だから大丈夫な」、ということで俺はメルディを自分の家に上げた。メルディを椅子に座らせてから、俺は台所へと向かった。
「なぁ、サイカロ茶しかねぇんだけど、これでいいか?」
最近ではファラがここに来て料理をしてくれるためか、普段より一層綺麗に整えられている台所にあるサイカロ茶の入った容器見つけて、それを翳しながらメルディに聞いた。
「バイバ!リッドがそういう気を使うことは、珍しいことよ!!」
「ファラがいなけりゃ、俺だってこれくらいするんだよ。ったく、勝手にこれにしちまうからな。」
隣にいるクィッキーと一緒に目を真ん丸にして、メルディがこれでもかと驚くものだから、俺は少しの怒りを込めてぶっきらぼうに言ってから、返事も聞かず二つのコップにサイカロ茶を注ぐ。サイカロ茶のいい香りがあたりに漂い始めた。大体、十年も一人暮らししている俺だって、これくらいできるんだ。でも、メルディが驚くのも無理はないだろう。旅は言われて手伝わされることが多かったが、大抵料理を作るのはファラの役目だった。旅が終わった後だってそうだ。食事を作るのもお茶を出すのも、ほとんどって言っていいほどファラがやってくれる。だから、必然的に俺がやることはないわけで、いつも台所に立っているファラを眺めていたんだ。おまけに、あのお節介な幼馴染と来たら、俺が頼みもしないのに朝・昼・夜と俺の家の台所を占領して、ご飯を作りに来てくれる。最初は本人も戸惑いがあったのか夕食だけだったが、最近はほぼ毎日三食とも食事を共にしている始末だ。ファラの手料理で、しかも美味しい飯を食えることにはまったくもって不満はない。でも、こんな生活続けていて、幼馴染でいてほしいと思われる俺は一体なんだろうと思う。そう考え始めたらキリがないから、最近は考えないことにしているが。
「で、話ってのは何だ?メルディ。」
テーブルの上に二人分のお茶を置いて、俺も腰を下ろした。メルディは俯いたまま、どう切り出そうか迷っているようだった。俺はサイカロ茶を飲もうとカップに手を付けたところでメルディが口を開く。
「なぁリッドは、ファラを…」
「?」
「ファラを抱き締めたいことあるか?」
「!!」
まだサイカロ茶を口につけていないのにもかかわらず、俺はむせ返った。お茶を飲んでいたら確実に吹き出していただろう。
「バ、バカ!いきなり何言い出すんだ、メルディ!?そんなこと―…」
いっぱいあるに決まってんだろ!っとメルディに向かって歯に衣着せずに言いそうになって、慌てて口を閉ざした。
「そんなことあるか?ないか?」
真っ赤になったままの俺が突然口を開閉させたまま言葉を紡がないことを不思議に思ったのか、メルディは重ねて聞いてくる。
「どうだっていいだろ、そんなこと!キ、キールか?!キールと何かあったのか?」
「ダメな、リッドが逃げるはナシ!メルディが話し聞く約束したよ〜!!だから、破るはなしよ?」
俺が必死に違う方向に話しを逸らそうとするが、いつになく真剣なメルディに阻まれて念を押されてしまった。
「…ある。」
俺は顔をメルディから懸命に逸らしながら、短く答えた。
私の心の中は自己嫌悪でいっぱいだった。ごめんね、メルディもキールもこんなに私たちのことを心配してくれるのに、私は二人に絶望の言葉を言うことしかできないなんて。だから、本当はあんな質問には答えたくなかった。でも、言わなきゃならないのは避けられないと思って言葉にしたけど、やっぱりすごく後悔した。キールのあんな顔見たら、私が何か謝らなきゃいけないような気がして、気まずくて話題を変えた。
「それは…、僕達がフィブリルつまり極光を持ってないからという意味か?」
少し思案しながら、キールはそう応えてくれた。私はやんわりと彼に首を横に振った。
「うーん、それもそうなんだけどね。私達って肝心なときばっかり自分の大切な人に助けてもらってる。でも、私達は自分の大切な人が大変な時に限って、見ているだけしかできないんだなって思ったんだ。」
私は何一つリッドに返してないんだ。レイスのことだって、ラシュアンの惨劇のことだって、いつも私を励ましてくれたのはリッドだった。でも私は?…私は何もリッドにしてあげられてない。セイファートの試練に行くリッドの背中を見ながら、私は無事に帰ってきてね、と言うことしかできなかった。待っている間中、リッドがちゃんと帰ってくるように祈ることしかできなくて、どれほど自分が無力なのかを知った。いつもどんなことだって私は頑張ってるんだって、信じきってた。けど、違う。リッドが側にいてくれたから、私はそう思えることができていたんだ。リッドには貰うばかりで、私はリッドの辛さを取り除くことも、苦しみを共有することさえもできない。
「そうだな。セイファートの核を壊すときなんかは典型だ。結局、僕達は支えることしかできなかった。」
そういうキールは頭をうな垂れる。私達は最後の最後まで、二人の頑張りに身を委ねることしかできなかった。リッドとメルディの極光をフリンジ出来たからこそ、今の平和なインフェリアとセレスティアがある。
「シゼルのことだってそうさ。僕があいつのためにやれたことと言ったら、せいぜい体調を気遣ってやったり、言葉をかけてやることぐらいだったんだ。結局、乗り越えらるのは本人だけで、僕達は見守ることしかできない。大昌霊の力を借りても、僕は無力でしかなかったんだ。」
静寂を当たりが包む。キールが言った言葉がまるで自分のことを指しているようで悲しかった。リッドもメルディも二人とも強くて、私達の助けなんて本当はいらないのかもしれない。
「だったらなんでファラ抱き締めないか?!」
リッドに半ば飛びつくように聞いた。メルディが心から思うよ。どうしてリッドがファラ愛しているのに、抱き締められずにいられるか?愛おしいと思うのはメルディ達だけで、リッドも…キールもそうは感じないのか?
「べ、別にそんなことメルディには関係ねぇだろ?」
そう言ったリッドから早くこの話を終わらせたいという気持ちが伝わってきて、メルディは急いで話を逸らした。
「この前な、ファラがすごく悲しそうな顔して笑ってた。」
「え?」
そう言った途端に、リッドの顔がさっと険しくなる。リッドのファラに対する愛はホントのホントに深くって、周りの人間が入り込む隙間なんてなくって、でもそれに気づいていないのが当人同士だけ。どんな些細なことでもファラの話を振れば、リッドの反応は他のときとまったく違う敏感なものに変わる。
「どうしてファ…」
「ファラって時々、無意識に大ウソツキ屋さんになるな。」
その時のファラの様子をもっと詳しくリッドは聞きたかったのだろう。だけど、メルディがあえて話を続けて遮った。リッドがメルディから視線を逸らす、彼も本当は分かっているんだ。
「ファラがとってもやさしいな。だから尚更、ファラが望んでないことでも他の人が望むことなら叶えよう思っちゃうよ。ファラが愛もそう。ファラきっと誰よりも愛されることに敏感で、それをすごくほしい思ってる。でも、それが素直にできないんだな。他の人のことばかり優先しすぎちゃったから、自分がそういう願い望むトコはいけない思っちゃうよ。自分で気づかない内にな。だから、ほしい思って求めてても、笑っていらない言う。けどな、心はウソつけないから、どうしてもちゃんと笑えないんだな。」
「……。」
メルディがリッドやファラやキールみたいに、昔の時間を一緒には共通してない。だから、ラシュアンの惨劇がどんなに悲しいものだったかなんて、キールに説明してもらっただけじゃ、たぶん十分に分からないな。それはみんなもそう、メルディがクィッキーに助けてもらったときのことみんなが知らないのと同じことよ。でも、それは知らなくていいコト。それはきっとファラだって同じ。だから、目の前で過去のファラを思い浮かべているんだろうリッドの苦悩する表情を、あえてメルディは見ないことにした。ファラが過去に縛られたままじゃいけなかったように、彼もまたファラとの関係を過去に縛られるに任せたままじゃいけないのだ。
「でも、もっとずるいはリッドよ!」
そう思っていたら、自然と言葉が口から突いて出ていた。
「リッドが知ってる、ファラウソ言ってるって!ファラが心は本当は満足してないけど、満足してるって自分で自分を納得させてるがだけって。なのに、リッド何もしない!それはとってもすごくずるいことよ!!」
メルディが最後の方はまるで子供が癇癪を起こしているかのように、思ったことをリッドに喚き散らしていた。こんなところをキールに見られたりしたら、お前はまだまだお子様だな、と呆れられるに違いなかった。そんなキールの様子を思い浮かべて、メルディは我に帰った。違う。メルディがリッドに伝えたかったことはこんなことじゃない。
「ごめんな。」
メルディが頭をうなだれながら謝る。こんな感情のぶつけ方をして、目の前のお兄さんのような存在を困らせたかったわけじゃないのに。傷付けたか、怒らせたか、うつむいていた顔をあげてそっとリッドの表情を窺うと、メルディの予想に反して彼はやさしい顔の上にわざといたずらっ子のような意地悪な顔を張り付けて、笑っていた。
「別に、気にしてねぇよ。」
茶化すように言って、メルディが頭を二度ぽんぽんと軽く叩いてくれた。それが彼なりのやさしさなんだってことには、メルディにも分かる。リッドを傷付けてないことに安心した反面、まるで子供に接するようなリッドの対応に文句を口にしようとした。しかし、見上げたリッドの顔を見てメルディはやめた。彼特有のやさしい表情だったけど、瞳だけは揺れていたから。
「間違ったことを言ったわけじゃないんだろ?」
メルディが何か言うよりも早くリッドがそう付け加えてきた。でも、メルディがそれには素直に頷けず、首を横に振った。
「はいな、メルディが間違ったこと言ったつもりないよ。…けど、メルディはリッドがことも分かるな。」
そう区切って、メルディがテーブルに置いてあるサイカロ茶を一気に飲み干した。
「メルディ思うよ。リッドが愛は、見守る優しさ。リッドにとってファラがすべてで、いつもファラのこと見守ってる。だけど、見守ってるだけだから、ファラ自身なかなかリッドの深い愛に気づけないな。リッドは…」
「もういい、もういい!それ以上言うな、メルディ!!」
「そうか?リッドもファラもキールと同じくらいすごい恥ずかしがり屋さんな。」
向かい側で、不貞腐れたように頬を少し赤く染めているリッドを見て、一週間以上も前に夜中二人で語り合った時に見たファラの似たような表情を思い出す。その二つの光景がなんだか可笑しくて、メルディは微笑んだ。やっぱりリッドとファラはお似合いだなと。
「でもリッドはそれと同じくらい、怖がってるんだな。」
さっきまでの和んでいた空気が一瞬で変わった。
リッドの表情が真剣な顔つきになる。メルディがここに来てリッドに言いたかったのはこのこと。
「そんなことねぇーよ。」
少しの間をおいてから、リッドはメルディが言ったことを否定した。
「だったらなんでファラ好き言わないか?抱き締めないのか?」
「そ、それはファラのためで…」
リッドが目を逸らして言い淀む。
「リッドがそう思ってても、メルディには怖がってるように見えるよ。リッドがどれだけファラを大事にしてるかなんて、メルディもキールもチャットもフォッグも…レイスだってきっと気づいてたな。それだけの好きな気持ちリッドならファラにいくらでも示すことできるよ。けど、リッドが全部の気持ち押し出すことしないで、あえていつも一歩引いてるな。」
たぶんリッドにとってのファラは、メルディにとってのキールとクィッキーなんだと思う。ファラが大好きな人で、それでいて心の支えだから、リッドにとってあまりにも大事すぎるな。だから、どうしたって傷つけないように一歩引いてしまう。それはリッドとファラがあまりにも近すぎるから、尚更なんだな。
それまで硬い表情でメルディが話しを聞いていたリッドが、重くなった口を開いた。
「確かにメルディの言う通り、ファラに拒絶されたら怖いって気持ちがあるのは認めるぜ。極光術を得て、この世界を守りたいって心から思えたのは、あいつがいたからだ。あいつが隣にいるだけで、それがすべての原動力に変わった。だからこそ、これからはあいつを守ることだけに専念したいって思ってる。」
リッドがここまではっきりとファラの想いを口にしたのは初めてだった。いつも昔の話を持ち出しては、嬉しそうにファラのことをからかっていたリッドだったが、その時のリッドともなんだか違う気がした。
「リッドがファラにベタ惚れなんだな。」
思わずそんな感想が口から漏れ出して、リッドの空色の瞳が驚いたように見開く。いつものリッドなら本当のこと言っても照れて否定するかだった。しかし、今回は違った。
「そうかもしれねぇ。…あいつを守ることが俺の願いで、俺の使命でもあるからな。そそっかしい女の子が無茶したり、突っ走りすぎて転びそうになったら、必ず後片付け役の俺が後始末する。それはどんなに時が経っても、変わらねぇんだろうなきっと―…。」
遠くを見つめるようにして言っているリッドの姿が、やけに大人びて見えた。キールはきっと思っていても、こんな風に言葉に出して言ってはくれない。そう思うと、こんな風に想われているファラが羨ましく思えた。それでも、やっぱりキールが好きだと自覚する。一緒にいてドキドキしたり、無性に寂しくなって抱きつきたくなるのは、目の前のリッドではなく、セレスティアで一緒に暮らしてくれることを望んでくれた他の誰でもないキールだけ。
「…って俺、メルディ相手に何しゃべってんだ!!」
まるで今我に返ったように、リッドは勢いよく立ち上がった。そのために椅子は衝撃で音を立てて、その音に驚いたクィッキーがメルディの膝の上から下の床へと急いで避難する。そんな様子に構うことなく、リッドの顔はどんどん火照っていき顔全体が赤く染まっていた。
「いいか、メルディ!今日俺がしゃべったことはファラに、キールとか他の奴にも絶っ対言うなよ!!いいか、絶対だからな!!!」
よっぽどリッドはさっき言ったことが恥ずかしかったのか、前の話の内容を打ち消すかのようにしきりに黙っておくように念を押された。あのままのリッドだったらカッコ良かったのにと思いつつも、彼の最後の慌てぶりにこっちのほうがリッドらしいと思い直す。
「んー、じゃあな、今日キールが後つけてたことみんなに内緒にしてくれるか?」
「分かった、分かった。秘密にするから、俺のことも黙っておいてくれよな!」
「はいな、メルディが秘密は守るよ!」
明るくそう返事をしたら、かえって不安な顔をしたリッドを不思議に思う。
メルディ、今日リッドと話して分かったことあるよ。大好きな気持ちは自分の中だけで大事に仕舞っちゃいけない。やっぱりメルディがキールがことすごく恋しいな。せっかくファラが考えてくれた作戦失敗しても、今日宿屋に帰ってキールに会ったら一番に抱き付こうな。
「でも、隣にいる誰かが、ちょっとした言葉が救いになるときもある。」
「え?」
キールの言葉に思わず、私は顔を上げた。さっきまでのあの陰鬱な気持ちは夜風が吹き去ってくれて、目の前にあるのはずっと成長した弟のような幼馴染の笑顔。
「一年前の旅で、アイラに言われた言葉なんだ。確かに僕は無力で、未だ頼りにならないのかもしれない。でも、あいつの支えになることができなくても、隣にいることで、僕のできる範囲のことで、メルディを少しでも救うことができるんじゃないかと思ったんだ。」
「私もあるよ。」
私にもある。あの時、試練に向かうリッドを励まそうとして、逆に私が慰められちゃったこと。
―落ち着けって、ファラ。―
優しく目を細めて、私よりも一周りも二周り大きい手を、私の頭の上にぽんっと置く。
―心配しなくとも、ファラが俺の隣にいて、オムレツ作ってくれりゃ大丈夫だから―
―だから、そんなに気負いするなよ―
誰よりも元気じゃなきゃいけないはずの私が一番不安がってて、それを見抜いていたリッドがかけてくれた言葉。いつもリッドは私が挫けそうな時に元気を出せる言葉をくれる。私の救いはリッドなんだね。分かってる、分かってるけど。
「そういうのをあげられるのは、好きな人だけなのかな…?」
「へ?」
気づかないうちに、思ったことが口から滑った。澄んだ夜には、声がよく響くようでキールにも聞こえたらしく、素っ頓狂な声を上げた。
「ごめん、ごめん。なんでもないの、独り言だから。気にしないでキール。」
私は慌てて先ほどの言葉を打ち消した。しかし、キールはなにやら考え込んでから口を開く。
「ファラは、…その……少しでもリッドが好きだという自覚はあるのか?」
「あるよ。」
またもキールの唐突な質問に私は、即答した。
「あるって…、さっきは応えられないと言ったじゃないか?!」
「え?それは結婚を申し込まれたらって話じゃないの?」
明らかに躊躇っているキールに訳が分からず、私は言われた通りに答えた。なぜかそれを聞いたキールは、頭を抑えてがっくりとため息をついた。
「待ってくれ、何かお互い誤解しているようだ。ファラは、リッドとは付き合っていないんだよな?」
落ち着けといわんばかりに片手を挙げるキールの質問は、逆に私を混乱させる。
付き合う?それこそ話がおかしくなっている気がする。
「ちょ、ちょっと待って、キールなんかおかしいよ!リッドはリッドでしょ?リッドに好きも嫌いも、付き合う付き合わないも関係ないよ!!」
私のリッドへの想いは特別で、それこそこんな気持ちにさせるのはリッドしかいない。この想いに代わるものはないって気づいたあの日、リッドから逃げてしまったあの時、私は気づいたの。
「リッドは幼馴染でも、…恋人でもない。私にとって特別な人なの!」
怖かった。私が覆いかぶさってて、下から覗き込んできたリッドの眼差しが力強くて、頭がくらくらしそうになった。私を守ってくれる逞しい体に私の体重を支えてもらって、すぐ近くで聞こえてくるリッドの鼓動が自分のと重なってしまいそうで、妙な緊張感を感じる。それが全部怖かった。こんなに近くにいるのに嬉しさと恐怖が同時に湧いてきて、それがたまらく嫌だったの。いつもと距離感が違うだけで、リッドをすごく愛おしく感じる。そんな一方で、いつもと違う自分に無性に苛立ちを感じた。なんでリッドがこんな近くにいるだけで、自分自身を弱く感じるの?そう気づいた瞬間私は恐怖が頂点に達して、リッドから逃げ出した。リッドは私にいつも安心とやさしさをくれる人。それは今までもそしてこれからも、私が願えばしてくれるんだ。私はリッドのことが好き。でも、この想いは幼馴染以上の感情を持っていて、恋人のそれよりもずっと安定したものなの。
「だから、キールの言ってる好きには、きっと当てはまらないんだよ。」
私は笑って答えた。あの関係でいてくれる彼が好き。いつものように自然でいられる自分に安心して、それを支えてくれるリッドは特別なの。これからもずっと―…。
「………。」
キールの返事は声になって私に伝わることなく、夜空の彼方に溶けていった。
『愛している』って言葉を言うのは、本当に煩わしくて難しいが、それを言う方も言われる方も暖かい気持になれる。言葉に魔法が存在するとすれば、このことかもしれない。それはあいつらだってきっと同じはずだ。だから、僕は愛する者に伝えられるように努力するさ。
なぁメルディ、僕はおまえを――――――!
あとがき:
実は始めリッドがファラとキールの話を聞いてしまってショックを受けるという話の流れでした。けど、あまりにリッドが報われなさ過ぎて、そこまで悟られても困ると思い没にしました。
このお話書いていて思ったのが、リッドとメルディコンビ(真闇極光コンビ)は話の内容深すぎっ!本当はファラとキールの対話がメインなのに、この二人に話させると話が更に長くなる(汗)まぁしょうがないですよね。なにせファラとキールは、鈍感無自覚さんとヘタレ(素直になれない属性)さんだもんね。一向に話が進まなくても当然ですね(笑)
一応一話で書いたキールのメルディに対する熱烈な想いは、どのような形であれ昇華させたいと思っています。いくらヘタレな彼でも、メルディにこんな何にもアプローチしない終わり方はあまりにも可哀相なので。
今回裏テーマとして、いろんな人から見たリファラ観がテーマです。いろんな場所で比喩表現とか例えとか使ってみました。
執筆:愛の言葉1―2007年4月13日
愛の言葉2―2007年5月29日