注意書き!!
この小説はリファラ小説ではありますが、TOWRM2の設定を元に本編分岐のパラレルでございます。
【すなわち、RM2を未プレイの方には、ストーリーの状況(説明は挟んではいますが)や「負」などの用語について理解しにくい部分が出てきてしまいます。】
基本、RM2設定に準じていますが、曖昧な部分な部分等は各シリーズの原作の設定を元に自己補完するところがあります。
また、他のシリーズのキャラとの絡みも同様(PとSに限りますが)です。
リッド→ファラのラブラブ度も後半になるにつれ、ある意味RM2の設定通り熱くなっていきます。【Lv:発する言葉が自覚なしの惚気など】
もちろん、始めから大いにネタバレしています!!
☆以上の点をご理解いただける方だけ、スクロールしてください↓
『ふたつの心』―前編―
決着は、すでに着いていた。
時折聞こえるマグマの煮え立つ音と蒸れるような暑さが体中を焼くようなレーズン火山。こんなところはよっぽどの用事がなければ立ち寄りたくもないと思っていたが、それは思いもよらぬ形で実現してしまった。
目の前で戦いに敗れ膝を折る少女こそ、姿も、声も、洗練された技も、愛する幼馴染とまったく同じ。いや、ある意味ほとんど幼馴染と同じ存在といってもいいのかもしれない。
本物と違うとしたら、黒い体に赤い瞳と彼女自身の純粋なマイナスの気持ちの塊でしかないということだろう。
やがて、彼女はぽつぽつと語り始める。自分が苦しかったこと、目を背け続けていた罪について…。
ファラも自分に謝るように、抱え込んでいた負と向き合った。
これで一件落着だ、と誰もが思った。
《…あと》
彼女に酷似した少女は、ほとんど抱え込んでいた悲しい気持ちを吐き出したのだろう。少しすっきりした顔で最後にこう付け足した。
《私が犯した私の罪の所為で、大切な気持ちを押さえ込むのも、もう辛かった。この溢れ出す気持ちに蓋をしないで。》
この言葉に、男3人に一斉に疑問符が飛び交う。本物のファラはさっと顔を赤らめ、一変した状況にうろたえる。
「ちょっちょっと、何言ってるの?!」
慌てだしたファラにお構いなく、彼女はそんなファラの行動が理解できないのか不満そうな顔をしながらも負けじと口を開く。
《だってそうでしょ?知らないなんてこと言わせないんだから!この気持ちの上に、ずっと罪の重しが邪魔をして苦しかったんだよ。あなたが言わないなら私が…―、》
「待って!待って!」
ファラがファラの口を塞ぎながら、言わせんとずるずるとファラを引きずっていく。ファラ同士で揉めているのが傍から見ればなんとも滑稽なのだが、どちらも真剣な様子に男三人は黙って事の成り行きを見守ることにする。彼女がファラに危害を加える事態は、とりあえず回避できたようなので安堵する。しかし、ディセンダーに至っては、クロエと同様に負がファラと素直に同化しなかったことに怪訝な様子だった。
「ちょっとー!なにするのよ!?」
そのファラの悲鳴が聞こえたのは、それから数分も経たないうちだった。
「で、ファラさんは無事戻って来ることができましたが、ネガファラさんを取り逃がしたということでよろしいですか、キールさん?」
もう一人のファラを―正確には負の塊でできたファラを学者達はネガファラと名づけた―逃がしてしまったことはバンエルティア号に帰った後、すぐにキールによって船長に報告された。ファラが帰ったことに安堵しつつも、キールのあまり良くない報告に少し口を尖らせる。相手にそんな反応を返されたらいつもは突っぱねてしまうキールでさえ、今回ことで反省があるのかむっとするも思うに止める。
「…それで、僕たちもこの事態には、早く収拾をつけたいと思っている。船長、お前にはネガファラの捜索をお願いしたい。」
「はい、分かりました。すぐに依頼を出しておきましょう!」
「……。」
要請を受けてすぐさまギルドの依頼申請に取り掛かったチャットを他所に、キールはその場を微動だにしないまま考え込む。黙々と紙にペンを走らせていたが、数分経っても変わらない様子に依頼書から目を離すと、訝しげにキールの顔を仰ぎ見る。報告はさっき全て済ませたはずだと思いながらも、チャットはまだ何かいい足りないことでもあるんでしょうか?とキールに問いかける。
「キールさん?」
「…あぁ。」
やはりまだ腑に落ちないことでもあるのだろうか?そう考えてチャットはやっとキールが何を懸念しているのか、一つ思い当たった。
「―…ファラさん、具合のほどはいかがなんですか?その、さっきパニールさんから倒れたと聞いたので。」
怪訝そうなものから心配そうにな表情に変わった船長に、キールは問題ないと言い聞かせるように首を横に振った。
「ファラなら、少し疲れたと言って休んでる。本人はそう言って元気に振舞っているつもりみたいだが、実際はかなり衰弱していて体力の消耗も激しいみたいだ。」
けど、あいつが今ついているんだから大丈夫だろう、と言いくるめたキールの言葉に安心して頷いてみせる。
確かに、リッドさんならどんなにファラさんが無茶をしでかそうと止めてくれる人だからだ。…一応他の人の前で元気に振舞えるのなら、ファラさんのことだ休めばすぐに回復も早いはず。
そんなことを考えている間に、キールさんの中で何か考えがまとまったのか、今度は真剣な面持ちで口を開く。
「やはりさっきの依頼取り消したほうが良さそうだ。」
「え?」
「むしろ僕が心配しているのは、アニスの方さ。クロエやファラの衰弱具合を見る限り、たぶんアニスも無事ではすまないだろう。なにより蔓延した負の影響で、自分の中に抱え込んでいた負が一人歩きするくらい暴走しているんだ。だから、ネガファラの捜索よりもアニスの捜索を優先させたほうがいいかもしれない。」
キールの言葉に、思わずチャットは言葉に詰まる。つまるところ、それは…。
「ネガファラさんに当てるはずの捜索も全て、アニスさんの捜索に当ててほしいということですか?!」
キールさんが言っている意味が分からなかった。三人が―クロエさん、ファラさん、アニスさん―が行き先も告げず消息を絶った時、混乱はあったものの捜索はすぐに始まったのだ。それからずっと今に至るまで捜索は続けている。ネガファラさんを探さないとなると、一番痕跡の残っている彼女を見失ったレーズン火山での捜索は間違いなく外されることになる。そんなことになったら、ますますネガファラさんを捕まえることができなくなる。
キールさんの意見に反論しようとしたとことで、デッキの開く機械音がする。振り向きざまに、今は看病でここにはいないはずの声が振ってきた。
「珍しいこともあるもんだな、キールと意見が合うなんて」
振り返ればいつもと変わらない表情のリッドが立っていた。デッキの外でも今までの会話が聞こえていたのだろう、さすがは猟師というだけの聴力はあるようだ。
「リッドさん!ファラさんは?」
「あいつならすぐに眠ったぜ。今はミントに付き添ってもらってる。」
やはりファラさんのことが気になってリッドさんにも尋ねてみれば、大丈夫だと言い聞かせるように優しい表情を見せた。それよりも、とここに来た目的を果たすためにリッドは視線をキールに向けた。
「キール、逃げたあいつを探そう。」
リッドさんもさきほどのキールさんと意見が同じだと言うように、2人だけでファラさんの捜索を始めようとする二人に僕は待ったをかけた。
「ちょっと待ってください、リッドさん!!さっきも言ってましたけど、2人だけでどこへ行ったかもわからないネガファラさんを探そうなんて、本気で考えていらっしゃるんですか?!」
そんなこと無謀に決まっている、こんなときだからこそ少しくらいギルドの協力を仰げばいいのに、そう考えての発言だったがリッドもキールもそうは思っていないようだった。リッドはキールから僕に視線を移すと、落ち着いた声でこう言った。
「ああ、本気だぜ?」
どうしてこの人はこんなに自信に満ちてそう言えるんでしょうか?先程だってファラさんは”疲れた”と言って倒れそうになったのは事実なのに。誰から見てもファラさんを愛してやまないリッドさんは、ファラさんのことが心配で心配でしかたがないくせに。どうしてそんな根拠があるように自信を持って、探し出せると言えるのだろうか?リッドさんとファラさんの2人にしか分からない結論に至って、若干12歳の船長は諦めて素直にリッド達の意見を聞き入れることにしたのだった。
「(ことファラさんのことになると必死になるあなたが言うんなら間違いないですからね、)分かりました。但し、捜索には僕も参加させてください。これは船長命令です。」
「でも、リッド本当に良かったのか?」
チャットがネガファラの捜索に参加することを喜んで受け入れた後、今度は2人でディセンダーを探しに船内を歩き回っていた。唐突な質問はキールから投げかけられたもので、まるでこの状況は悪いと言う物言いに、リッドは今更何言ってるんだと眉を潜める。
「なんだよ、キールお前だって賛成したじゃねぇか?」
「それは違うな。僕はあくまでファラよりもアニスの状態の悪化を懸念しただけだ。ネガファラが一人で暴走したことによって起こり得るファラの危険は未知数だ。何も起こらないかもしれないし、予想よりもずっと悪い状態が起こったとしても不思議ではないんだ。だから…」
「へいへい、分かった、分かった。」
キールお得意の説明が始まりそうになったのを感じ取ったリッドは、すぐさま説明が長くなる前に止めに入る。只でさえファラのことがあるのに、こんな時にキールの長話を聞いているほど暇ではなかった。
「要するにお前はファラよりアニスの方が危険だと思ったから、優先させたってことだろ?けど、俺は違うぜ。根本的にネガファラをどうにかできるのは、ファラ本人とディセンダーの2人だけだ。たくさんの奴に探すの手伝ってもらっても仕方ないだろう。」
2人しかどうにかできないものを、果たして捕まえて無事ファラと一体化させることができるのか?どうやらリッドはそのことを考えていたらしい。だから、あえての少数精鋭なのだろう。もちろん、ファラのことを気遣ってのことでもあるが。けど、リッドが本当に考えているのはそれだけだろうか、と隣を見てもいつも通りのまぬけで気だるそうな顔がそこにあるだけだった。ただほんの少し、瞳の中に憂いがあるように見えたのは気のせいにしてやる。本当にこういうところは素直じゃない幼馴染に内心ため息をつきながらも、キールはリッドの誤りを訂正する。
「何とかできるのは2人だけじゃないだろ?リッド、お前にだってその資質はあるじゃないか。」
「…極光術のことか?」
リッドが持っているという極光術という資質。これは昔僕らが住んでいた村に、二つの祠と同じようにごく少人数ではあったが受け継がれた力だった。けど、祠と同様に、極光術についても謎が多い。今この力を受け継ぐリッドも、この力がどういう時に力を発揮するのか分かっていないらしい。ただ伝わっているのは、”大切な人を守る力”ただそれだけだった。
「もしこの力でファラを助けられるんならいいけど、…実際どうなのか分からねぇ。」
この男は始めから助けられると分かっているのなら、ファラを誰かに預けてとっとともう一人の彼女を探し出して決着をつけるに違いない。そういう奴だ。ファラの前では驚くほど彼女の負担を軽減させて見せる幼馴染は、この時ばかりは少し悔しそうな表情を滲ませた。
――――それから、数日後。
幼馴染が眠っている寝室に入ると、一息つく。今回の捜索もまた、成果はなかった。
ダンジョンに潜る毎、体が慣らしていくのはレーズン火山の暑さだけだった。ネガファラ―もう一人の彼女は痕跡を残るどころか、実際にそこに存在したかも分からないと思うほど、その欠片も何も残っていなかった。だが、長年培った猟師の勘が、突き刺さるような鋭い視線が、彼女の存在があることを誇示している。ファラと離れ、行動するのは何が目的かは分からない。見張られているような感じはするのに、姿を現さないのはどうしてなのだろうか?疑問は尽きなかったが、それでももう一人の彼女を探さないわけには行かなかった。他の依頼より優先させて捜索に徹してくれるディセンダーに、一度だけ聞いてみたことがある。
”ネガファラはもうファラを狙ったりはしないんだよな?”
”―…断言はできない”
普段、必要以上にしゃべったりしない淡白な表情と変らぬまま、ディセンダーは口を開いた。たぶん、それが真実なのだろう。たんたんと事実を述べるその様は、伝説に謳われるディセンダーとはあまりにも結びつかない。けれども、言葉以上に重みのある行動一つ一つが確実に人々の心を突き動かすのもまた事実で、今こうしてネガファラを探すことに協力してくれることが何より心強かった。そして、
「リッド!」
聞きなれた愛おしい声が聞こえたと思うと、布と布の擦れる音がした。今までベッドに横になっていただろうファラは、俺が部屋に入ってきたのに気づいて体を起こしていた。
「悪りぃな、起こしちまったか?」
「ううん、眠れなかったから。」
そう言われて水を持ってきたと、コップに注いだ水を差し出せばありがとうと受け取るファラ。もう十何年も一緒に過ごした仲だ、ファラの性格、話し方、くせ、すべて俺の中に染み付いている。だから、あの日―彼女からもう一人の彼女が出て行ったあのとき―から時折感じる違和感が、俺の心に警鐘を鳴らす。今もこうして傍にいるだけで、ファラがファラでなくなるような恐怖を感じて、無力な自分を歯がゆく感じるんだ。
「ねぇ、リッド。」
「どうした、ファラ?」
いつものようにファラに向き合えば、彼女は少し俯き小さな声でこう言った。
「“私”をもう探さなくていいよ。」
「え?」
「だから、ファラ・エルステッドは、私一人だけだから探さなくていいんだよ。」
問い返した俺に、ファラはくすくすと笑ってもう一度答えた。こんなことを言われるのは意外で、呆気にとられる。だってあの日当然のように決断したことを、俺達はファラに言えずにいたのだから。
あの日―――――
ファラが叫び声を聞いた俺達は、驚いてファラを一斉に見やると、彼女は倒れた体を何とか起こしながら遠くを見ている。すぐにファラに駆け寄った俺は、自分の失態を早くも後悔した。地面の跡から、ファラがいきなりネガファラから自分と同じ格闘技の技を食らったのはすぐに分かった。
「大丈夫か、ファラ?」
「いきなり、攻撃されて…。」
優しく呼びかけながら起きれるように手を貸せば、ファラも俺の手に捕まってなんとか立ち上がる。怪我も負っているが、それほど大したものではなくて安心する。ファラの言う通り不意打ちの攻撃をされて、何とか受身を取ったのだろう。
「リッド!あいつが!!」
遅れてキールがこちらに駆け寄ってきた。そして、先ほどファラが見ていた方向を指差す。見ればファラと等身大の走り去る姿が遠くに見える。紛れもなくネガファラが逃走しているのだろう。すぐ横で銃を乱射している音が鳴り響いた。すでにディセンダーは銃を取り出して追撃を仕掛けているようだが、ひらりとかわすその影には弾丸は当たらずにいるらしい。落ち着いたファラをやむを得なくキールに任せて、俺も彼女を追いかけようと走り出した時、それを食い止めるように腕を引っ張られた。
「なっ?!」
振り向けば、いやいやという風に首を振るファラがいて、身動きが取れなくなってしまった。
「どうしたんだよ、ファラ?!早くあいつを追っかけないと、逃げちまうぞ!」
「いいの!あの子を追いかけなくていいの、逃がしてあげて!!」
猟師の勘が、本能が告げていた。あいつを捕まえなきゃいけない。
それなのにファラは、そんな俺を何としてでも止めるように、さらに俺の腰に腕を絡めて必死に止めようとする。そんなファラを無碍に振りほどくこともできずにいる俺に、キールもファラをなだめようと声を上げた。
「何言っているんだ、正気かファラ!?あいつは一度お前を殺そうとしたんだぞ!!」
キールの言葉にも、それでもファラは首を横に振るだけだった。
「お願い!!リッド、キール、あの子を逃がし…てっ――。」
「ファラ!!」
途端、腰に巻きつくファラの力が抜けたかと思うと、半ば悲鳴を上げたファラの顔が一瞬がくんっと上を向いた。それにギョッとした俺は、崩れ落ちるファラの体を咄嗟に抱え込む。完全に力の抜け切ったファラは重たく一瞬背中にぞくりと冷たいものを感じたが、ファラの微かな息と安らかな寝顔にほっと息をつく。どうやら今までのことで体力を使い切って、意識を失ってしまったらしい。これではますますリッドがネガファラを追うことは叶わなくなってしまって、諦めて意識を失ったファラを地面にそっと横たえて寝かせる。
「ディセンダーが無事に、あいつを連れ帰ってくることを願うしかねぇな。」
ため息に混じって出た言葉にキールも同じように頷く。あまりの事態にリッドはげんなりするも、この温かい感触が、今側にあることに不思議と心は凪いだ。
ファラの気絶は一時的なもので、うっすらとファラが再び目を開けた頃には、ディセンダーは一人で帰ってくることになった。
あの日のことを思い出しながら、やはり目の前のファラは少し変だと思う。あの時、ネガファラはファラの不可抗力で逃げたのだ。それなのに、ファラは追いかけるどころか、追おうとする俺達を止めた。どうして?と思い、もう一人の彼女の捜査を終わって帰ってきた後、すぐにファラに問いかけた。けど、あいつははぐらかしてばかりで、俺にはもう一人の彼女のことについて話そうとはしなかった。それでも、あいつを探さないわけには行かない。それがファラのためなのか、自分のためなのか、そんなことどうでもよかった。あいつを守りたい、それだけの気持ちが今の後片付けと繋がったんだ。
「知ってたのか?!」
だから、何故知っていたかという疑問よりも、どうしてこんなにもあっさりと言ってのかの方が俺には疑問だった。驚いて彼女を見やる俺に、ファラは疑問に気づいたように言葉を付け足す。
「ミントに言われたんだ。キールと一緒に一生懸命探してくれているって。」
その後に、ファラさんはリッドさんにとても大事にされているんですね、と言われたミントの言葉にはしっかりと口を噤む。
少し照れたようなファラに言われてはじめて、自分が捜索に向かい、ファラの看病を女性陣に任せるとどういうことになるのかを知った。予想だにしなかった言葉に閉口している俺に、ファラは畳み掛けるように念を押した。
「それを聞いた時嬉しかったの、すごく嬉しかったんだ。でもね…、やっぱりもう探さないでほしいの!―…私は、ファラ・エルステッドは私一人だけだよ、リッド。」
切なそうに笑うファラにまた、心の警鐘が鳴った。いや、ファラにこんな顔をさせたくないという自分の望みからの叫びだろうか?その声を何とか自分の中で押し込みながら、何でもないような顔をしてファラに宛がわれているベッドに腰掛ける。
「ファラ。」
いつものようにいつもの調子で話しかけたつもりだった。そのつもりだったのに、彼女を思う気持ちが濁流のように押し寄せて、止められない。自分の手が伸ばされたことに気付いた時には、足はベッドのスプリングで弾み、体全体でファラの感触を感じていた。自分がファラを抱きつきに行った形となり、内心動揺したがそれでもこの体を離すわけには行かなかったから。
「リッド…?」
ぬくもり越しにファラが驚いているのが分かる。
けど、今の自分の表情だけは見せられない。なんで、守れないんだろう。なんで、極光術なんてもの持っているのに、ただ一人後にも先にも守りたいこの少女のために使えないのだろう?
抱きしめる力が増したのか、ファラも俺の背中に手を伸ばす。
「ああ、ファラは一人だけだ。こんな無鉄砲でそそっかしくて、人のためならどうしようもないくらいお節介焼く幼馴染なんてファラだけで充分だ。」
「ちょっと、リッド。」
いつもの科白に、ファラは怒ったように言い返す。抱き合いながら喧嘩しそうになるなんて変だと思いながら、俺は続きを口にした。
「だから、そのために俺がいるんだろ?ファラが起こした厄介事の後片付けは、全部俺が引き受ける。今までだって、いつだってそうしてきたじゃねぇか、違うか?」
答えの代わりに、突如強い力で肩を突き飛ばされた。予測してなかった衝撃に、危うくベッドから落ちそうになり両手で何とか落ちるのを堪えると、俺を突き飛ばした張本人に抗議する。
「ファラ、痛いじゃねぇか!」
「―…私は甘えているだけなんだよ!“私”だってそう言ってた!!」
今まで必死に堪えたのだろうか、さっきまでまったく見る影もなかった雫が流れんばかりに、瞳から溢れ出す。
なんで、一番見たくないファラの泣き顔を見ることになったんだ?
いつも笑ってほしい、あの太陽のように明るい笑顔で笑ってほしい、という願いは片時も思わないことはなかったと言うのに。いつものようにファラが落ち込んでいたら慰めようと、彼女の本来の良さを取り戻してもらおうと思っただけなのに。
あまりにも日常とはかけ離れたファラの様子に、それでも俺はファラに歩み寄る。
「リッドはどうして優しいの?!リッドが優しすぎて、私いつもリッドに甘えてるんだ!今回だって…―。リッドがいると分からないの、私が分からなくなっちゃうの!!」
頭を垂れて顔をくしゃくしゃにしながら一心に辛苦を吐き出すファラに、俺はぽんっと彼女の頭に手を置いた。
「…ファラ。」
彼女の名前を呼びながら、2,3度軽く頭を撫で付ける。泣き止んだ赤子のように、途端泣き叫ぶことをやめたファラは、それでも何かを堪えるように俺をねめつける。
「ごめんな、ファラ。俺は―」
「リッド…。」
やっと交じり合った視線。口を開こうとしたところでノックの音が部屋に響いた。その瞬間、こちらが何かやましいことしたわけでもないのに、ファラは俺の手が置かれた頭を引っ込めて、体もベッドの端ぎりぎりまで俺から遠ざかる。ファラの不可解な態度にむっとするも、俺は闖入者に目を向けた。
「入っていいぞ。」
いつもより低くなってしまった声で入室を了承すれば、長い金髪に神官の服が特徴の少女、コレットが室内におずおずと入ってくる。もともとはリフィルの助手としてこの船に乗ってきたのだが、彼女自身も世界樹を奉じる「神子」としての役目があるらしい。そのことについて本人にも、そしてキールにも聞いたことがあるのだが、未だ神子についてはよく分かっていなかった。
「あのね、さっき大きな声が聞こえてきて…。それでびっくりして来てみたんだけど、ファラ大丈夫?」
「あ…、うん、平気だよコレット。」
彼女らしいおっとりとした声をさらに沈ませながら心配そうに言葉を紡ぐコレットに、ベッドの上で何とかいつも通り無理して笑って見せたファラ。声色は何とか誤魔化せても、涙の痕は隠し切れず目は腫れぼったく赤いままだ。コレットの言う“大きな声”とは、おそらく先程のファラの泣き叫ぶ声のことだろう。
神子としての特徴なのかなんなのか、コレットはこの船内の中で一番の聴力に長けている。それは俺が猟師として培ってきた聴力を軽く凌駕するものであり、本来なら遠すぎて聞こえないはずの音まで聞き分けると言う並み外れた能力だ。先ほどのファラの声が船内まで響いていたとは思えないが、おそらく尋常じゃないファラの声に心配して慌てて駆けつけてくれたのだろう。
「ああ、ありがとな。コレット、悪いけどファラの様子を見ててくれないか?」
「え?でもリッドは??」
ファラの様子を見て何かを感じ取ったのだろうか、疑問に思うコレットを他所に俺は答えを濁す。
「…ちょっとな。すぐ戻ってくる、それまでファラを頼んだぜ。」
今の状態のファラにこのまま付いてやりたかったし、何か言いたげなファラの視線にも気づいていたが、今はファラのことを彼女に任せるしかなかった。たった今俺にはやるべきことができたからだ。
あの時、闖入者はもうひとりいた。
あれは見間違えなんかじゃない。