『リッドの災難』
リッドは不機嫌だった。
グランドフォールが去ってから丸一年が過ぎようとしていた。今日は久しぶりにセレスティアからキールとメルディが、チャットのバンエルティア号を借りてラシュアンに遊びにやって来たのだ。久々の再会を喜んだ4人は楽しく時を過ごし、夜も更けてきたのでそのまま二人はラシュアンに泊まることにした。メルディはファラの家に、キールはリッドの家に泊まることになったのだが、これがリッドにとって思わぬ災難になるとは誰も予想していなかった。
目の前でイスに深く腰をかけていたキールは、メルディがファラの家に行ったことを確認するなり深々とため息をついた。そのキールのただならぬ様子に、リッドはキール用の布団を所定の位置に置くと、キールの向かいのイスにドカッと腰を下ろしてキールの顔を覗き込んだ。その顔にはからかいの笑みが浮かんでいる。
「なぁんだ、キール〜?メルディが傍にいなくて寂しいのか!?」
この一言が後に後悔を招くとも知らずに、リッドは軽口を叩いた。
「!だ、断じて違う!!」
リッドの言葉にサッと顔を赤らめ狼狽したキールだったが、すぐに咳払いをすると話を切り出した。
「逆だ。メルディが傍にいなくて安心したんだ、僕は。」
「んぁ?」
キールの予想外の言葉にリッドは言葉に詰まり、怪訝そうにキールを仰ぎ見る。おかしい、とリッドは思う。キールは自分達の前では照れてはいるが、自分もファラもキールがメルディに対して特別な想いを抱いていることを知っている。そのキールがメルディと一緒にいることは望んでいても、その逆はないと考えていたからだ。
「おい、キール。お前それどう…「だから、その…。メルディが僕に甘えてくるんだ(///)」
リッドはその言葉に盛大に肩を落とした。
「(悩んだ俺がバカだった。)…でもよ、そんなのはいつものことじゃねぇか。」
「いいや、違うね。確かに、あの旅の中でメルディは僕に軽く抱きついてくることもしばしばあった。僕もさすがに照れはしたが、それはあくまでメルディなりのスキンシップとして僕は認識していた。だが、問題は旅の後だ!セレスティアに住む処がない僕は、メルディの好意に甘えて彼女の家に居候させてもらっているわけだが、セレスティアの文化では男女が共に同じ家に住むのは恋人または伴侶であるらしい。僕たちはまだ、…そのような段階は踏んでいないのにもかかわらず、メルディはこともあろうにそれを公然と肯定してるんだ。それをまだだと人々の前で否定すると、メルディは潤んだ瞳をこちらに向けてひどく悲しい顔をしてくる。僕はメルディのあんな表情には弱いんだ。それで結局、人々に肯定と取れるような発言をしてしまう。」
「…おい、」
「これだけじゃないんだ。僕はTPOを心掛けて生活をしているつもりだ。だが、メルディは公衆の面前でも所かまわず抱きついてくる。あれほど家の中だけにしろと言い聞かせてもなんだ。」
「おい。」
「まだある。これもつい最近のことだ。僕が部屋にこもって読書をしているといきなり腕を絡めてくるんだ。メルディが静かにしてるからといっても、こちらは気になってしまってまったくと言っていいほど集中できやしない。」
「……。」
「朝起きるときもそうだが、起こしてくれるのは大いに有難い。しかし、僕の布団に一緒にメルディが潜り込んでくるときがある。男の僕としてはそんなことをされたら身が持たないだろう。どう思う、リッド?」
「あ〜?!」
一通りの事情を早口で話し終えたキールは、リッドの心底うんざりとした顔に首を傾けた。
リッドの周りには負のオーラが漂っており、その様子にキールはたじろぐ。リッドはキールお得意の長話をされた上に、その内容はメルディとののろけ話だ。不機嫌になっても仕方ない。以上の経緯がリッドの不機嫌の原因だった。
キールは自分がリッドを不機嫌にさせてことにはまったく気づかず、疑問を投げかける。
「ど、どうしたんだ、リッド?」
「キール」
そう呼んだリッドの瞳は、戦闘のときに敵を射抜く戦士の目だった。そして大きなため息をつくと、大げさに呆れる素振りを見せて一言。
「ったく、惚気るなら他所でやれよ。」
「!!」
キールはリッドのその言葉に耳まで真っ赤になった。
「(ぼ、僕が惚気…?)」
そう思って、キールは自分が言った言葉一つ一つを思い出していく。そして今度こそ本当にキールは恥ずかしさで蒸発した。その様子を目の前で見ていた幼馴染は呆れることしかできなかった。
「まったく、自分で言ってて気づかなかったのかよ。(ファラ以上に鈍感だな、こいつ。)」
恋愛に対して鈍い幼馴染を二人も持ってしまったことに、自分の不幸さを感じつつもリッドは立ち上がって台所に行き、氷を取り出しにかかった。そう、もう一人の世話の焼ける幼馴染のために。
キールはリッドが持って来てくれた氷で冷やしたおかげで、数分で復活できた。復活したキールは早速、前言撤回に挑む。
「リッド先ほどはすまなかった。僕の話には不適切な表現が多く含まれていたと思う。だが、決して僕は惚気ていない。なぜなら僕とメルディは…「はいはい、分かった、分かった。だからもう惚気るのはやめてくれ…。」
また長話が始まりそうな気配をいち早く察知したリッドは、うんざりと手を横にひらひらさせて話を遮った。キールは不満げだったが、先ほどのこともあり押し黙る。その様子に満足したのかリッドは惚気られた反撃に出た。
「で、おまえの話を要約っすと、セレスティアは変に誤解されていちゃつけないから、わざわざ遠いインフェリアに帰っていちゃつきに来たてことか?たく、はた迷惑な話だぜ。」
「な、な、なに訳の分からないことを言っている!?」
「キール、顔真っ赤だぜ?さっきみたいに倒れるなよな。」
自分のからかう発言に本気であたふたしているキールを見ながら、リッドは笑い転げた。
あとがき:
キールは無自覚でこういうこと言う人だと、私は信じてます。
続き物第一弾。まさかここまで話が長くなるとは思ってませんでした。
執筆:2007年2初旬