『ないものねだり』―リッドの災難の続編
自分の大好きな彼の知らない部分を知っている彼女が羨ましかった。
純粋に、好きな人の前で自分の気持ちを表現できる彼女が羨ましかった。
久々の再会を果たして4人は楽しい時間を過ごした。リッドの家でファラの作ったご馳走をみんなで食べた後、ファラとメルディはメルディの泊まる支度をするためにファラの家に戻ってきた。
やっぱり女の子同士は違う、そうファラは思った。リッドの家を出てからファラの家に着くまで、道のりは短いけどそれがより短く感じられた。家に着いた後はアイスティーを淹れて、デザート用に焼いておいたクッキーを取り出してゆったりとした夜のティータイム。クィッキーは終始ご機嫌でその間も話題が尽きることはなかった。最近の近況から始まって、おしゃれやイベント、そして恋。のどが枯れてしまうんじゃないかと思うくらい夢中でしゃべっていた。リッドが相手だったらこんなに長話することなんて絶対ない。愛しい人のそっけない顔を思い浮かべたら思わず噴出しそうになった。だって彼は、リッドは思ってることを全部言葉に出そうとする人でもないし、饒舌なわけでもないから。
ファラとメルディの話をさらに盛り上げたのは、恋の話だった。お互いがお互いに相手の好きな人をよく知っている。最も興味を引くこの話題が二人の間でのぼらないはずがなかった。そしてその話題の切り口が、一緒にお風呂まで入って熱いお湯が苦手なメルディが先に上がり10分経って自分も上がってリビングに入ってきた時に、自分にメルディがかけてくれた第一声がそうだった。
「メルディな、何でも知ってるファラがこと羨ましいよぅ!」
ファラはメルディの言わんとしていることの意図を掴み損ねて困惑した。先ほどまで一緒にお風呂に入って楽しくおしゃべりしていたのだ、別段羨ましがられるようなことを言った覚えもない。なのになぜ、羨望の眼差しでメルディに見つめられなければならないだろう。ファラはメルディの視線に耐えかねてもう一つ思ったことを口にした。
「何でも知っているのはキールでしょ?」
それは一番側にいるメルディ自身が一番よく分かっているはずだ。私もリッドもメルディも知らないことでも、キールがいれば何かしら説明してくれるのは私達の中で常識だった。私の返答に満足しなかったのか、メルディは首を大きく横に振った。
「それはメルディも知ってる、キールが知識はたっくさん。メルディが言いたいは、キールがことファラはメルディよりもいっぱい知ってることな。」
思っても見なかった言葉にファラは少し目を見開いた。それから微笑むと、諭すようにゆっくりと口を開いた。
「ううん、それは違うよ、メルディ。」
「バイバ!どうして違うか?」
驚いたように顔を上げて、尋ね返してくる。その仕種に思わず同性の自分から見ても可愛らしいと思った。自分もこうだったらと憧れの念さえ抱いてしまった。
「確かに私はキールの小さいころを知ってるけど、今キールの一番側にいてキールのことを一番よく分かってあげられるのは、私でも他の誰でもないメルディでしょ?」
いくら長い間一緒に時を過ごしていても、その人の考えていることを一番よく分かってあげられるのは、いつも隣にいてその人のことだけを見ていられる人だけ。私とリッドの関係もそうだった。幼いころは、それこそキールが引っ越してからも私達は割と頻繁に遊んで言葉を交わして…、何をするにも隣にいるのが普通だった。でもいつからだったんだろう。猟師と農民の生活の違いに違和感を覚えなくなって、たまに顔を合わせるだけでいつの間にか満足するようになった。幼いころから一緒にいるから、表情や仕種だけで何を考えてるか手に取るように分かっているつもりだったけど、それは錯覚でその時の私は何一つリッドのことを分かってなんかいなかったんだ。
メルディは私の言葉に顔を俯かせてしまった。
「メルディ、ファラが言いたいこと分かるな。けどな、キールがことで分かってないこと、思ってるよりいっぱいある。…きっとたぶんキール変なのもメルディがせいよ。」
クィッキーが悲しそうに小さく鳴いた。ファラはなぜメルディがいきなりこんな話題を持ち出したのかやっと理解した。どうやら二人の間で何かあったことくらいは、鈍感なファラにも分かったからだ。メルディは旅の間も天使爛漫で常に笑顔が耐えない明るい子だったが、背負っているものは自分達より大きくて悲しいことがあってもあまり表に出さないから時々心配になる。そういうケアーはなんだかんだで一番気にかけているキールがしていたけど、悩みの種がキールとあってはそれも解消されないのだろう。
「メルディー、キールと何かあったの?」
喧嘩でもしたの?と聞かないのは、4人でいるときはメルディもキールも普通だったからだ。それに喧嘩だったら、キールが先に折れそうなのは簡単に想像がついた。
「ファラ、メルディが悩み聞いてくれるか?」
少し和らいだメルディの表情に安堵して、ファラはこくこくと頷いた。
ソファーに腰掛けているファラは顔に苦笑を顔に浮かべる以外どうしていいか分からなかった。立ち話もなんだし、とファラがメルディに向かいのソファーを勧めて、メルディが話し始めたのだが彼女の話す勢いは止まることをしなかった。ファラが自分達のために入れたアイスココアもメルディの分だけ量は減っていない。反対にファラの分は中身が空っぽだった。メルディの先ほどの様子に重い話かと一抹の不安を覚えたファラだったが、それも一瞬のことに終わった。
メルディの悩んでいる内容はこうだった。メルディな、キールが気持ち分からないよ。と話始めにいわれたときは、一年間も一緒に同じ屋根の下で暮らしいるのに、キールはまだ自分の気持ちを素直に伝えていないのかと不安になった。キールがそういう気持ちだってことは自分で気づいたわけじゃなかったけど、旅が終わって初めて4人で再開した後リッドに話を振られて、彼に呆れたように教えてもらったのは二人の前では秘密だった。でも、どうやらその辺はうまくやっているらしい。メルディ曰く、キールが家ではメルディよりも大胆な、らしい。問題は時々避けられたり、家の外でうまくいかなかったりするのが彼女の中ではひどく悲しくなるみたい。でも、ファラはメルディの話にあまり同感できなかった。というより、セレスティアの文化の違いに戸惑いを覚えたと言ってもいいだろう。
「キールがほんとに分からないな。キール、シルエシカから帰ってくるとなメルディと一緒にいること望むよ。メルディもとっても嬉しい。なのに、キールお風呂もベッドもダメって言う。メルディが背中流す言っても、顔真っ赤にして怒鳴って拒絶するよ。ベッドもそうな。メルディ夜眠れなくてキールが寝室行く、キールが側だと安心な。それでメルディついついそこでうたた寝しちゃうな。で、翌朝キール起きて側でメルディ寝てたこと分かると、真っ赤になって口も利いてくれないな。それからな、セレスティアでは恋人同士なら必ず行くデートスポットあるよ。メルディ達も一回行ったな、けどキール空気が悪い言ってすぐ帰ってきて寂しかったよ。その後も一度も行ってないな。セレスティアにもインフェリアみたいにバレンタインのような行事あるよ。みんな広場に集まってな、女の子が好きな男の子に贈り物を贈って両想いだったら、男の子お礼にキスしてくれるな。セレスティアはそうやって恋人同士なことをみんなの前で公表するな。だけど、キールはメルディがプレゼント喜んでくれたのに、キスしてくれなかったよ。メルディとっても寂しかったな。キール向こうではこんなんばっかりな、メルディどうすればいいか、なぁファラ?」
キールがその時、どういう反応をしていたのかファラには目に浮かぶようだった。でも、これどうやってアドバイスしてあげればいいんだろう。ある意味深刻なことを相談されるよりも頭を抱えるような事態にそれこそどうしていいか分からない。これがただの惚気話だったら微笑ましくて笑って流せるけど、これを話していたメルディは真剣そのものだった。うーん、セレスティアとインフェリアは愛情の表現の仕方が違うんだよって言っても、キールがセレスティアに住んでる以上どうにもなりそうにないしね。だからって、一つ一つキールのことを弁解するのも…、なんていうか気が引けちゃうんだよね。インフェリア人は恋人同士で一緒にお風呂やベットに入らないし、キールがデートスポットを嫌がったのだってたぶん(っていうか確実に)他のカップルがいて目の毒だったんだろうし。人前でキスすることなんかとてもじゃないけどキールにはできないことなんだよ、とか?でも、やっぱり私には恥ずかしくて説明できないよ、ごめんねキール。心の中でキールに謝ってどうにか二人とも良くなる方法はないかと思いを巡らした。その間も一通り話し終わったメルディはどんな答えが返ってくるのか、期待の眼差しでファラを見ていた。そしてファラがあ、と声を上げる。
「そうだ、メルディいい方法があるよ!」
その言葉にメルディの顔にも笑顔が浮かんだ。
「ワイール!ホントかファラ?」
「うん、押して駄目なら引いてみる。メルディのそういう行動控えてみたらキールから逆に何かしてくれるかもよ!」
「はいな、メルディ早速明日からやってみるよ!」
そして、二人は夜遅くまで、はしゃぎ合った。
二人の話もひと段落して、二人は床に入った。メルディはファラのベットを、ファラはベッドの隣に引いた布団に横になった。メルディはまだ興奮が収まらず、眠れずにいた。隣で丸くなっているクィッキーはもう夢の中だ。眠ることを諦めてメルディは今日4人で過ごしたことを思い返す。リッドとファラをびっくりさせたくて、キールに頼んで連絡もなしにラシュアンを訪れた。二人に会ったとき予想通り驚いてくれたけど、その顔が笑顔に変わったのがメルディにはすごく嬉しかった。4人のやり取りは旅のときのまま変わらなくって、それがメルディを安心させた。ファラと二人で女子同士の話ができたこともメルディの心を嬉しくさせた。キールのことも相談できたなと満足する。あれこれ思い返しているとふとメルディの中に違和感があった。ん?そういえばメルディ、ファラからリッドがことあまり聞いてないな。ファラは別にリッドの話をしていないわけではなかった。同じ村にいるわけだし、何より旅が終わった後は以前より格段に一緒にいることが多くなったらしい。だから、ファラの話にリッドが出てこないことのほうが少なかった。メルディが疑問に思ったことはそこではない。リッドとの関係について、ファラが一言も口にしていないことがあまりにも不自然なのだ。旅の中でリッドがどれだけファラを大事にしていたかは痛いほど伝わってきたし、ファラがどれだけリッドを心の支えにしていたのかもメルディは感じられた。メルディは初めてこの二人に会ったとき、言葉は通じなかったけど、この二人は夫婦かと思ったくらいだった。セレスティアにはリッドくらいの年齢の夫婦は少ないがいるのもまた事実だったからだ。二人でいるのがあたかも自然で、多くの言葉を交わさずに意思の疎通が可能なのはメルディにとって夫婦ぐらいしか思い浮かばなかった。だから、言葉が通じるようになって、夫婦でも、恋人でもないと知ったときは本当にメルディは驚いた。それなら、旅の中で二人の関係が進展するんじゃないのかと、メルディは密かに思っていた。でも、旅が終わってもいつもの通り仲は良さそうなのは変わらないが、これといって二人の関係が進展している風には見えなかった。なにより、メルディはファラからそんな話を聞いていない。自分も相談してもらったんだから、進展していないのならメルディも助けてあげなくてはと、変な正義感に燃えるメルディだった。
メルディはファラのほうに体を向けるため寝返りを打つ。そして小さな声で、
「なぁ、ファラまだ起きてるか?」
と呼ぶと、ファラの布団が小さく動いて薄暗い中でファラがこちらに顔を向けたのが分かった。
「うん、起きてるよ。どうしたのメルディ、眠れないの?」
「それもあるな。…なぁ、ファラはもうリッドがこと好きって言ったのか?」
「なっ!」
いきなり名前を呼ばれて何事かと思えば、あまりにもストレートなメルディの質問にファラは飛び起きる。
「い、いきなり何言い出すのメルディ?!」
ファラは頬をわずかに赤く染めて、驚いた顔でメルディを見ている。その様子にメルディも起き上がって先ほど思ったことを口にした。
「メルディがキールがこと相談してもらった。でも、ファラ、リッドがこと何も相談してないな。だから、今度はファラが番よ。」
メルディのその言葉に薄暗い中でもファラの表情が曇ったのが見えた。
「ねぇ、メルディ。さっきお風呂から上がった時に私に言った言葉覚えてる?」
話題が若干逸れていることに疑問に思ったメルディだったが、素直にファラの言葉に従う。う〜んとなぁ、メルディ何がファラに言ったっけな。そして思い出す。あの時はキールへの不満が溜まっていて幼馴染なファラを羨んでいて…。
「メルディ、ファラがこと羨ましい言ったな!」
「うん、そうだよ。でも、私はメルディのほうが羨ましいんだ。」
次に驚かされるのはメルディだった。ファラがメルディがこと羨ましい?そんなわけないよ。だってファラは、キールがこともリッドがこともとっても仲良し。リッドがことならなんだって知ってる。それに料理だって上手で、いつもリッドに美味しい美味しいって言われてもらって食べてるよ。それなのに、どうしてファラはメルディがこと羨ましい言うか?首を大きく傾けて、もの問いたげにこちらを見つめてくるメルディの意図に気づいたのかファラは笑って言葉を付け加えた。
「違う、違う。そういう意味じゃないのメルディ。なんていうか、その…、…好きな人に素直に甘えられるメルディがいいなぁって、ちょっとだけそう思ったんだ。」
セイファートリングを破壊して、セレスティアに落ちたキールとメルディの無事も確認して、全てが落ち着いたとき私は改めて自分の気持ちに気づいたの。ラシュアンの惨劇の事だって、今でも思い出すと辛いけど、それでも乗り越えられたのはリッドのおかげだって分かったんだ。リッドが隣にいるから今の私がいる。リッドがただの「幼馴染」って言葉で括りきれない感情を持ってることに気づいた私は、いつも通り一歩踏み出そうとした。そう、言おうとしたんだ、リッドに好きって。…でも、結局は言えないままなんだ。いつも一緒にいる、それが当たり前になった日常でどう変わっていけばいいかなんて分からなかった。恋人になったら、どんな言葉を使って、どういう風に接してあげればいいの?リッドが他の誰かに取られてしまうのはすごく嫌だけど、でも今の日常を変えるのは嫌だった。そう考えるようになってから、私まったく動けなくなっちゃったの。今日みたいにメルディが羨ましいなって思うこともある。それでも、今の最高に居心地のいい場所を自分の手で変える気は起きなかった。
「ファラはリッドに好き言えないか?」
そのメルディの言葉で思考に沈んでいた私は我に返った。そう言うメルディの表情は曇っていた。彼女はきっと自分達は幸せなのに、私達がまだ結ばれていないことを悲しく思ってるんだろう。そんなことないんだよ、と言うようにファラはメルディに笑って見せた。
「言えないんじゃなくて、言わないの。」
言ってしまったら、リッドも今までみたいには接してこないということも分かってる。それが良いのか悪いのか分からないからこそ、怖くて言えずにいる。メルディは私の言ったことに驚き声を上げた。
「バイバ!どうしてファラ言わないか?!ファラリッド好き、リッドもファラ好き。だったら二人愛し合うがいいな!言葉にしないと分からないこともある、メルディそう思うよ」
ちょっぴり聞いてて恥ずかしくなった。しかし、メルディは真剣に熱弁してくる。メルディ達の話を聞いてる分にはいいかもしれないけど、自分達のことを言われるのはそれよりも多少、ううん、かなり恥ずかしい。でも、メルディの気持ちも分からなくはなかった。どうして気持ちが通じ合ってるのに、それ以上の関係を持とうとしないのか不思議に思ってるに違いない。もし自分もメルディの立場だったら、きっとメルディのようにお節介を焼いている自信がある。
これ以上自分達のことを熱く語られるのが居た堪れなくなって、ファラは話を持ち出そうと呟いた。
「…リッドはやさしんだ。」
「ファラ?」
そのファラの様子にメルディも話すのをやめて、ファラの次の言葉を待った。
「リッドはきっとね全部分かってるんだと思うよ。分かってて、私の望んでることをしてくれる。」
「…ファラはそれでいいのか?」
真剣な面持ちでじっとメルディに見つめられて、私は笑顔で答えた。
「うん、それが私の幸せなの。」
それを聞いてメルディはまだ納得してない顔で引き下がった。メルディ、ファラがそれでいいならいいよ、もう寝るな、と言って布団にもぐった。それを見て、私もおやすみと告げて布団に入る。心のどっかでメルディの言ってることが正しいんだと糾弾する。でもそれは、ないものねだりなんだ。私はもう十分幸せでこれ以上望んではいけないんだ、ともう一つの声が言い聞かす。私はその声に頷きながら、眠りに落ちた。
あとがき:
あとがき、書きたいことはいっぱいあるハズなんですが…