『守り』―ないものねだりの続編

 

アイツを守るためだったら、オレはどんなことだってやってみせる。

 

…そう思うようになったのは、いつからだったんだろう。

 

 

 

メルディな、決めたよ!メルディが恋のキューピッドになるな。なぁ、クィッキー?

クィッキーが頷くように小さく鳴いた。ここはファラの家。昨日メルディはキールと一緒にここ、ラシュアンを訪れた。一年ぶりの再会にお互い話すことはたくさんあって、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。そして、ファラの家に泊めてもらって、ファラより先に起きたメルディは決意を新たにするのであった。そう、昨日の夜、ベットの上でメルディはファラからリッドについての話を聞いた。未だ二人はくっついてはいないと言うメルディには愕然とする話を。メルディにとって大好きなリッドとファラがくっついていないことは、オルバーズ海面に漂うくらい悲しいことなのだ。ファラは今が幸せ言ってたけど、メルディがそうは思えないな。そう考えて、昨日自分は幸せなのと言っていたファラのどこか悲しそうな笑顔を思い出す。メルディ、ファラがため、リッドがため、頑張るよ!そう言って、メルディは朝支度に取り掛かった。

 

「メ、メルディ、どうしたの?」

ファラの目が覚めて開口一番に言った言葉はおはようではなく、この言葉だった。寝起きのせいもあってかポカンとしている。現在朝の7時。農民のファラにとっては、早くもなければ遅くもないいつもの起床の時刻。メルディは確かに旅の中で、早く目が覚める子ではあったが、決して準備が早くはなかったのだ。だから目の前で、着替えを済まし、にこにこと準備満タンな様子のメルディを不思議に思うしかなかった。そんなファラの様子に構うことなく、メルディは満面の笑顔で挨拶する。

「おはような、ファラ!やっぱ朝は気持ちいよぅ。なぁなぁ、キールとリッドはもう起きているか?」

「……」

何も言わず、ただポカンとこちらを見てくるファラを怪訝に思い、メルディは問い返す。

「ファラ?」

「メルディいつから起きてたの?」

やっと口を開いたファラだったが、それはメルディの返答ではなく別の問いかけだった。メルディはその問いに素直に応じた。

「えっーと、たしか6時なような気がするな。」

6時に!?昨日は眠れないって言って夜遅かったじゃない??」

当然ファラはメルディのそんな返答に驚き、さらに目を丸くする。

「う〜んとな、なんかメルディ目が覚めたちゃったよ」

さすがに正直に、ファラとリッドをくっつける作戦を考えるために朝早く起きたとは言えず、何とか誤魔化す。もしばれたら、説得されてやめさせられるに違いない。メルディは二人のためにはりきっているのだ。メルディの言ったことに大して疑問も持たず、ファラは自分がその作戦の対象になっていることなど思いもせずに、やっぱり他の家のベットじゃ眠れないのかな〜と見当はずれな事を言っていた。メルディはその反応に安堵しつつも、自分のやるべきことを思い出して、もう一度同じ質問を繰り返した。

「で、ファラ。キールとリッドはもう起きてるか?」

「どうかな?リッドは普段そんなに早くないから…。でも、ご飯持ってくるのは分かってるだろうし、8時くらいには起きてるんじゃないかな。」

リッドってばまったくご飯が関わると調子いいんだから、と呆れたように付け加えて言った。そんなファラとは対照的に、メルディは心の中で勝負は8時前な、とやる気満々だった。彼女の作戦はまだ始まったばかり。

 

 

メルディにはご飯を作り終えるまで、ゆっくりしててね、と言ってファラは4人分の朝食作りに取り掛かった。そう言って作り始めたはいいが、メルディは一向にゆっくりするどころか、そわそわしている。その様子にファラまで気になって落ち着かなくなってしまう。そこで、時計をちらちらと見ながら家の中を行ったり来たりしてうろうろしているメルディに声を掛けようとするが、その前にメルディから先に話しかけてきた。

「ファラ。えーとっな、メルディ少しでも早くキールが会いたいよ。愛がいっぱいいっぱい、もう止まらないな!だから先、リッドが家行っていいか?」

…どこかたどたどしい気がする。言ってることが全部うそって訳ではなさそうけど、この落ち着きのなさは本当にキールに会いたくて来ているものかは疑わしかった。けれど、メルディのその尋常ではない様子に、ファラは頷くしかなかった。

「…別に、いいけど。」

「はいな!それじゃあ先行ってるな」

ファラが了承するや否や、メルディはもう玄関の方に駆け出していた。その行動の早さにファラはピンと来る。メルディ私に何か隠してる、と。そう思って急いで呼び止める。

「メルディ、ちょっと待って!」

そう呼ばれて、メルディは玄関のドアノブに手をかけたままの状態で立ち止って振り返った。ファラはまさかこんな時に自分の手際の良さが役立つなどと思いもしなかったが、同時に誇らしくも思えた。

「な、何か、ファラ〜?メルディ好き好きあふれ出してるよ、早く家行きたいな!」

声こそ少し不満げではあるが、そう言うメルディの目が泳いでいるように見えるのは気のせいではないだろう。ファラはそれに気づいていないフリをして、笑顔で言った。

「もうね、ご飯の仕度終わったんだ。だから、一緒にリッドの家行こっか!」

そう言いながら、我ながら上手くできたオムレツとベア肉の入ったサラダを指差した。4人分の朝食を作るのに、ここまで手早く作れるのもラシュアンでも早々いないだろうと自分のことながら感心する。味武者の称号は作る早さも含めて、伊達ではなかったらしい。

 

 

自分でも顔が青ざめていくのが分かった。だから、台所に立ったままこちらを見ているファラにも、もちろんそれを分かってるに違いなかった。とんだ誤算だった。メルディはファラがご飯を作っている間に理由をつけて、先にリッドの家に行くつもりだった。それなのにファラは手早く料理を作り上げてしまっている。あと十分は時間を稼げると思ったのに、こんなことだったらデザートにあまにんどうふも頼んでおけば良かったと後悔する。あ、でもここはインフェリアだからふわふわケーキかな?…ってそんなこと考えている場合じゃなかった。メルディの作戦はこうだ。ファラのいない間に、リッドに会ってファラに告白するように説得する。もしメルディだけで駄目でも、キールがいたら絶対に協力してくれるし、機転を利かせて上手くいきそうな気がした。しかし、問題はリッドの側にファラがいない頃合だった。共に旅する前はいざ知らず、今は二人でいる時のほうが格段に多い今、ファラに知られずリッドを説得する機会を窺うことは不可能だった。だから、わざわざ早く起きて先に行こうと思ったのに…。ファラは訝しげにこっちを見ている。メルディが何をしようとしているかは気づいていないにしろ、様子が変だということは分かってしまっているはず。知らずメルディのドアノブを握っている手が震えた。今ここで先にリッドの家に行かなければ、この作戦は失敗に終わってしまう。だって明日にはもうラシュアンを発ってミンツに向かう予定だったから。失敗させるわけには行かないな、メルディがファラとリッドのキューピッド。ファラの幸せのためいっぱいいっぱい頑張るな、こうなったら叫んで逃げ延び作戦に移行するよ!そう頭の中で考えて、メルディは実行に移した。

「…メ、メルディ、……もう、愛が大爆っ発!我慢できないな〜!!」

そうファラに向かって叫んで、ドアを開け放ってリッドの家まで走り出す。

 

 

「な、メ、メルディ?!」

あまりの行動に、ファラは思わず素っ頓狂な声を上げてその場に立ち尽くした。セレスティアから来た久々に会った親友は、キールにメロメロなんだと変なところで感心してしまう。しばし呆然とそんなことを考えていたが、はっと我に返る。いくらキールにメロメロだからってあの様子はおかしい。それにどうして私を置いて、先に行こうとするような真似をするのかと不思議に思う。…私を置いて……先に…。そう思った途端、頭の中にふと、昨日布団の上でリッドについて語った時の情景が浮かんできた。朝起きたらすっかり忘れてしまった昨日の記憶が唐突に蘇る。…まさか!そう思った時には、手に作ったばかりの朝御飯の入ったバスケットを持って駆け出していた。なぜ、朝メルディの顔を見た時に思い出さなかったのだろうと悔しく思う。メルディのことだから、きっと昨日の話を聞いて納得できなかったんだね。それで、反対されるからって私に黙って、リッドと私をくっつけようとリッドの方を説得するために先にリッドの家に…。後のほうはわざわざ考えなくても分かった。メルディは私のことすごく慕ってくれてる。その気持ちは痛いほどファラの心に伝わった。だからこそ、その行動は時々突拍子もないものに変わることがある。あの旅の時だってそうだ。グランドフォールをお父さんが起こしているのかもしれないって知って、遠いインフェリアにまで来たりして。メルディは本当に強いな、そう考えて思わず笑みがこぼれた。でも、リッドのことは違う、私が望んでいること。そう考えた途端、私の足は勝手に走るのをやめた。本当に私が望んでいること…?心に小さな疑問が渦巻く。私は思いっきり首を横に振った。今が私の中で一番幸せな状況なんだ。だから、変えて欲しくないだけ、そのためにもメルディを止めないと。そう思って再びメルディを追ってリッドの家に向かって走り出した。

 

 

「バイバ!やっぱりファラ追ってきたな!!」

クィッキーがしきりに鳴くものだから、何かと思って走りながら後ろを振り向いたメルディは、曲線の道の向こうからファラの姿を確認するとそう叫んだ。メルディとてダンスは得意だし、運動神経は一般の人より良いほうだと思っている。しかし、日々格闘技を鍛錬しているファラと比べれば話は別だ。行く先がリッドの家じゃなかったら、一瞬で抜かされてただろう。でも、このままじゃゆっくりとリッドを説得する時間もない。なんとしてでもこの作戦は成功させなきゃな、キールに相談してなんとかするよ。そんなことを考えながら何とかリッドの家の前までたどり着いき安堵する。

「良かった、ファラが追いつく前にメルディたどり着いたな。」

多少ハァハァ言いながらも、メルディは固い決意を持ってノックし、返答が帰ってくるのも待たずに扉を開けた。急いでるから仕方ないな、リッドなら分かってくれるよ、とそう思って。

ガチャッ

「メルディだよ〜!おーいリッ………。」

まさか扉を開けたら、自分の時間が止められるとも思わずに。

 

 

メルディを追っていたファラは、メルディがリッドの家の扉を開けて中を覗いたままそこに突っ立ていることに疑問を感じずにはいられなかった。どうして家の中に入らないんだろう?外にいるのが目的で先に来たわけじゃないよね、何かあったのかな?そう思いながらも、やっとのことでメルディに追いつくと彼女に話しかける。

「もう、メルディいきなり家を飛び出すからびっくりしたよ!…ってメルディ?」

ファラが話しかけても、メルディはまったく反応しなかった。というよりも家の中を見たまま口を開けて呆然としている。その様子にファラもただ事ではないと、ゆっくりと家の中を覗き見る。

「な、何これ?!」

ファラも一瞬呆然としてから、そんな言葉が口から出ていた。

家の中は事情をまったく知らないものから見たらあまりに異常な光景だった。

まずリッドが床の上で這うように体を横たえていた。顔には眉間に皴が寄っていて、初対面の人間が見たって不機嫌極まりないことはすぐ分かる。時々うなされるような呻き声も発している。なにより不機嫌なオーラが全開でいかにも近寄りがたかった。対してキールは、ソファの上に深く座り、リッドの態度をまったく気にした風もなく呪文のように何事かを呟き続けていた。何を言っているかは遠くて聞こえないが、目には昨日はなかった隈が出来ていて夜通し起きていたことは分かった。これって、一体どういう状況なんだろう?幼馴染のファラであってもこの状況は分かりかねた。しかし、このままほったらかしにする訳にもいかないので、仕方なしにファラはメルディの前を通り過ぎリッドの家の中に入った。そして、

「リッド、キール!」

腰に手を当て、大声で男二人の名前を呼ぶと、二人は今更ファラが来たことに気づいたのかそれぞれ反応を見せた。

「はぁ〜、ファラか。助かったぜ。」

「わぁっフ、ファラ!!いつの間に…。」

リッドは肩を上下させて安堵のため息をつき、キールはびくぅっと体を揺らして驚いた。ファラの介入によってあっさり事態は収拾したものの、なぜ先ほどのようになっていたのか疑問は残る。ファラはその疑問を口にしようとするが、それより先にキールがファラに詰め寄ってきた。

「ファラ、い、一体いつからそこにいたんだ?部屋に入る時はノックの一つぐらいしてもらわないと困る!…そ、その…僕たちにも事情と言うものがあってだな、礼儀をわきまえてもらわないと…」

キールの言葉は最初こそ威勢がよかったものの、最後のほうはわずかに赤らめた顔を背けて呟くほどの声の大きさで言ってくるものだから、ファラにはほとんど聞こえなかった。まるで何かやましいことがあるかのような素振りだ。そこで目だけで問おうと、リッドに目を向けるが彼はちょうど気だるそうに立ち上がるところで、こちらの視線には気づいていなかった。ファラがもう一度口を開こうとした時、

「ノックがメルディしたよ!」

またもメルディが半分叫ぶような声色で言って阻まれてしまった。メルディは事態が落ち着いたせいか、復活していた。だが、その口調から察するに、少しばかり怒っているらしい。メルディの出かける時の行動と何か関係あるのかと考えようとした時だった。

突然肩に暖かいものが触れた。

それがリッドの顎であると理解するのにきっちり10秒もかかってしまった。

 

 

 

 

メルディとキールが小さな痴話げんかに夢中になってくれてる最中でよかったと思う。

…だって二人にからかわれたら、なんて答えればいいのか分からなかったから。

 

リッドは私の肩に頭だけを乗せ、うな垂れるような格好でもたれ掛かってきていた。

そう理解した時、私は心臓がひっくり返るかと思うくらいびっくりした。びっくりしたけど、肩から伝わってくるリッドの温もりがひどく心地よくて安心する。この心地よさは前にもあった気がする。そうだ、セイファートの最後の試練の時。あの時も試練から帰ってきたリッドは心底疲れた顔をして帰ってきて、それで私の肩にもたれ掛ってきた。あの時の私はなんだか恥ずかしい気持ちのほうが強かった気がする。でもこのお陰で、試練に行ってどんどん逞しくなっていくリッドに、私だけ置いてかれてはいないんだってそう思えて安心できたんだ。

だからってずっとこのままでいるわけにもいかない。私は近くにあるリッドの顔を覗き込む。リッドはげんなりとした表情を浮かべている。そして、空の瞳と目が合った。私は無意識に期待していた。その表情がいつもの優しい笑みに変わることを。でもそれは予想に反して、やっちまったってリッドが言う時にする顔が近くにあるだけだった。

 

 

すごい喪失感を感じた気がする。何でそんな顔をするの?とは言えなかった。私の表情に気づかなかったのか、リッドは乗せていた頭を離して、そのときにはもう表情はいつものものに戻っていていた。私は離れてしまった温もりを残念に思いながらも、口元だけがからかいの笑みを浮かべていたリッドを見上げた。…ん、からかう?誰を。

「おい、キール。良かったじゃねーか、メルディが来てくれて。」

どうやらそのからかう相手はキールだったらしい。喧嘩のほうもすでにキールが折れて終わりかけていたのか、キールもメルディもリッドの言葉に耳を傾ける。

「ど、どういう意味だ、リッド!」

その言葉にキールは顔を赤くしながらたじろいだ。キールには心当たりがあるらしい。私には訳が分からずに、リッドに目を向ける。リッドはそのキールの反応が思惑通りだったのか、満足したようにいたずらっ子の笑みを浮かべた。

「なぁなぁ、リッドどういうことか?」

メルディも話が見えずリッドに問いかける。

「あぁ、それがさキールのヤツ、昨日一晩中メ…」

「わあぁぁ―――――!!!」

リッドが得意げに話そうとしているところに、キールが半ば叫ぶような形で遮る。リッドはその対応に全然変わってねぇなコイツ、と呟いて、部屋の隅に立て掛けてある剣を手に取った。あれ?とファラは不可解に思う。今からみんな揃って朝御飯を食べるはずじゃなかったのかと。それなのに彼はご飯を食べるどころか、狩に行くような支度を始めている。私は訝しげにリッドを呼んだ。

「リッド?今からみんなでご飯食べるんだよ。どうして狩りに行く支度なんかしてるの?」

「そうだよ、リッド。どうしてか?」

メルディも同じことを思っていたのか話に加わる。少しは自覚してくれよ、と呟いて、うんざりしたときに見せる仕種で乱暴に赤い髪を掻いた。リッドはわざとらしくキールたちの方を眺めるような動作をする。そうしてから私のほうに向き直って言った。

「オレも昨日はそう思ってたんだけどよ。……これ以上こいつらの惚気に当てられるのはごめんだぜ。」

そう言ってまたリッドはキールたちのほうを眺める。私もリッドの視線を追って、…彼の言いたいことが分かった気がした。見ればキールは手をメルディの両肩に置いていて、メルディの方は右手でキールの腕を掴み、左手はキールの胸の辺りの白い学士の服に触れていた。そして、なんだか二人の距離はいつもの自分達よりずっと近い。これはからかう事の好きなリッドじゃなくても、からかいたくもなるだろう。そのことに気づいたのか、キールはこれほどにまでないくらい顔を真っ赤に染めて、開口したままピクリとも動かない。だったらそういうこと人前ですんなよな、とリッドの呟きが聞こえてきそうな状態だった。メルディはリッドの言いたいことがわかってないらいらしく、疑問は浮かべているもののいつもの通りだった。そして、リッドは4人でご飯を食べる意思はないのか、すでに狩りに行く準備を整えていた。ファラはこの事態の収拾をどうするか迷っていた。いくらリッドが嫌がっているとはいえ、彼を含めて朝御飯の食卓に着かせることはファラにとって容易だった。リッドはファラが決めたことを面倒臭がりはするが、ほとんどの場合断らないし、ご飯を盾にすれば大体の場合自分の意思に従ってくれる。ファラがどちらにするか迷ってるのが分かったのか、リッドはそれに、と言葉を続けた。

「蓄えは昨日のパーティでほとんど尽きちまったんだ。生活していく以上、どうしたって今日中に狩りに行かなきゃ食っていけないんだ。お前らだって明日には挨拶がてらインフェリアの町を回る予定だったんだろ?だったらいいじゃねぇか、1日早くなっちまうけど先に回ってくればさ。お前らのことだ、どうせまたここに戻ってくる予定なんだろ?だったらまたそん時に歓迎してやる。」

4人じゃ食べきれねぇくらい獲物狩っといてやるからさ、と付き加えて言った。その言葉を聞いて私もリッドの意見に賛成することにした。朝のごたごたの復讐もちょっぴり加えて。

「そうだね、メルディは常にキールが側にいないと駄目みたいだしね。」

メルディは少し下を向いてクィッキーを撫でた。どうやら私の言葉に照れているらしい。しかし、キールが恥ずかしさで固まったまま今の話を聞いていないことを知ると、安心したような少し残念がってもいるような笑みを浮かべた。ちょっとからかうつもりで言ったのに、そんな反応をされては苦笑するしかなかった。今度はリッドが何の話だよ、と言いたげな視線を送ってきて、私はあとでね、と目で合図した。リッドはそれで納得したのか、未だ固まったままのキールに呆れたようにため息をついて、彼に呼びかける。

「おい、キール!」

「あぁ。」

呼びかけられて、やっとキールは我に返った。リッドはそれを見届けると話を進める。

「大体な、来るんだったら連絡の一本くらいよこせ。じゃなきゃ、こっちだって準備して待ってられないだろ?こっちにはこっちの生活があんだからよ。」

僅かにメルディの顔が曇ったのが分かった。私は言いすぎだよ、とリッドを肘で突こうと思ったが、その前にキールが、

「ああ、そうだな。すまない、僕も思慮が浅はかだった。」

そう言ったので、ファラはそうするのをやめた。リッドもその言葉に苦笑したのが気配で伝わる。

「…ま、次来るときから言ってくれればいいけどな」

そんじゃ、話は終わりだ。俺は狩りに行ってくるぜ、と呟いてリッドはドアに向かう。私にはリッドが最後に言った一言がメルディへの優しさから来た言葉だったことも、キールがああ言ったのはメルディを傷つけないためだということも分かって、なんだかとっても暖かい気持ちになったんだ。メルディは始めポカンとしてたけど、すぐに意味が分かったのか嬉しそうな笑顔になっていた。私はそのメルディに、バスケットから二人分の朝御飯取り出すとテーブルの上に広げて、食べてから出かけてね、と伝える。

「ファラも一緒に食べないか?」

どうやらメルディは、私だけでも一緒に食べてくれると考えていたらしい。その言葉に私は肩を窄めて見せた。

「二人でいるのを邪魔するほど、私は野暮じゃないよ?」

そう言って、私とメルディは二人して笑い合った。ひとしきり笑った後、それじゃあ行くね、とメルディに言って、ドアのところで待ってる愛しい人を追いかけようとする。しかし、ファラ、と私を呼び止める声がメルディから発せられる。私は振り向いて何?と答えた。

「ファラ、今日はメルディが悪かったな。でも、メルディ昨日ファラが言ったこと納得できない。」

「……。」

先ほどのことを言っているのだろう。けど、私はメルディの言葉にどうやって返せばいいか分からなかった。それでも、メルディは笑顔で続けた。

「納得できない。だから、メルディなファラが助け必要なときいつでも協力するな」

そう言ってくれて、私も笑顔で

「考えとくね。」

そう言った後リッドのいる玄関まで行く。リッドは私が近くに来たのを確認すると、片手を挙げてじゃあな、とキールとメルディに合図を送った。

「人ん家でいちゃつくのは、ほどほどにしておけよ。」

しっかりとからかうことも忘れずに。

 

 

リッドとファラがドアの向こうに消えても、キールはリッドの言葉に動揺したままなのか顔を赤くしている。メルディはすぐ近くにあるキールの体に、半歩も踏み出さずに抱きついた。そして、自分の体重をキールに預ける。キールはそれに気づいたのか、一瞬体は強張ったものの手を添えて支えてくれる。クィッキーがメルディの肩で鳴く。どうやら自分も抱っこして欲しいらしい。メルディは顔だけ器用に動かしクィッキーを見やって、今はメルディが抱っこされる番よ、そう小さな声で言った。

「さっきの…、ファラとのやり取り。あれは何なんだ?」

上からキールの声が降ってくる。抱き合っているせいか、心臓が早く脈打つ音が聞こえる。顔を上げたらきっと、さっきよりもずっと顔を赤くしたキールが自分を見ているのだろう。そして、見上げたら本当に想像した通りで、メルディは思わず噴出しそうになるのを堪えた。

「んーとな、女の子が秘密ぅ〜!だから、キールには教えないよ。」

朝考えた作戦通りだったら、キールにはちゃんと教えるはずだった。けど、キールがメルディ来た時、驚くようなことしてたからそれで失敗しちゃったな。だから、キールが原因教えないよ。メルディが口を尖がらせて言ったニュアンスが伝わったのか、キールは苦笑する。

「僕が悪かった。そうさっき謝罪したじゃないか。」

「それとこれとは話が別な。」

にこにこしながらメルディが言うと、キールはため息をついた。

「…まあいい。どうせお前のことだ、リッドとファラをくっつけようとでもしたんだろ?」

「バイバ!!どうしてキールが分かったか?!」

考えていたことをそのまま当てられてしまい、メルディは驚く。キールはそのメルディの反応に微笑した。

「お前の考えそうなことぐらい、僕にだって分かるさ。」

はっきりとそう言われたものだから、メルディは嬉しくなって抱きしめている手をさらにぎゅっとする。キールのほうもそれに合わせて、手を躊躇わせはしたもののさらに強く抱き返してくれた。

「さっすがはキール、天才な!」

「……。」

メルディがキールを褒めたのに、キールからは何の反応も返ってこない。訝しく思いキールを見ると、彼は自分が見上げたときよりも顔を赤くしている。わずかに聞こえてくる心拍もなんだかさらに早くなった気がしないでもない。メルディにはその理由が思い当たらず、彼を呼ぶ。

「キール?」

「………。」

またしても反応が返って来ず、心配になる。メルディがもう一度口を開こうとする時にやっと彼から言葉が発せられて、安心した。

「…その…、メルディ。」

「どうしたか?」

メルディが聞き返すと、彼は戸惑いがちに口を開く。

「そのだな…、リッドから釘を刺されていたのに、だから…その……、ずっとこのままではまずいんじゃないか。」

熟したトマトみたいに真っ赤な顔をしながら言うキールの意図が掴めず、メルディは聞き返すことしかできない。

「キール何が言いたいか?」

「〜〜〜っ!」

これ以上真っ赤にならないはずの顔をさらに赤くして、分かってくれとでも言いたげな顔をしてくるのでメルディも困り果てる。抱き合っているキールからは心拍数がどんどん上がってくるのが伝わってくるし、早く彼が言いたいことに気づいてあげないと、彼は卒倒してしまいそうだった。メルディが理解するまで待てなかったのか、キールは諦めて自分で言葉にする。

「その、…男女が長時間…み、密着していることは、健康の観点から見ても好ましいとは…」

その言葉にメルディはキールが何を言いたいか、やっと理解する。

「キール、これ以上抱き合ってるが恥ずかしいか?」

「…簡単に言えば、そう言えなくもない。」

素直に認めなくないのか、キールは遠まわしに肯定した。そして、メルディははたっと思い出す。昨日の夜、ファラにキールのことを相談して、今日から自分はこういう行動を控えるはずじゃなかったのかと。それなのに、いつもの癖で朝からキールに抱きついてしまった。こんな感じでメルディ大丈夫かなぁ、とキールの胸に顔を寄せながら一抹の不安を感じずにはいられなかった。それから、卒倒しかけたキールが慌ててメルディに解放されたのは、5分も経ってからのことになる。

 

 

家を出て、俺達は見晴台に向かいながら歩いている途中だった。最初はファラの家で食べないかと誘われたが、もしキールにこのことが知られたら絶対にからかわれるのは確実だと思い、見晴台に行って食べようと俺が言い出したからだ。歩きながらいつも通りの他愛もない会話をしていたが、自然と話題はキールとメルディの話になる。ファラは隣で微笑みながらこう言った。

「なーんか、メルディもキールも久々に会ったら二人ともすっかり仲良くなっちゃって、私びっくりしたよ。」

「仲良くなったって…、……あれはな。」

俺はあの二人の様子を「仲良くなった」の一言で片付けられるファラにある意味感嘆せずにはいられなかった。どう見たってありゃ、周りにはた迷惑なバカップル…。まさかあの泣き虫で何やっても鈍臭かったキールが、12年後にはセレスティアで暮らして恋人といちゃつくなんて、幼かった自分にはグランドフォールの危機が迫ることより考えられなかった事実だろうと今更ながら思う。ファラはオレの言葉を二人への呆れと取ったのか(半分は確かにそうだけど)、口を尖がらせる。

「もぅ、いいじゃない、別に悪いことじゃないんだし。あーあ、でもまさか、キールに先越されちゃうとはね…。」

ファラの最後に言った一言が気になる。ただ何となく思ったことが口から衝いて出た言葉なのか、それとも俺に向けた深い意味が混じっている言葉なのか、一瞬判断に困る。でも、ファラのことだ。後者である確率は恐ろしいくらいに低い。じゃなかったら、こっちの方面だってこんなに苦労させられることなんてないはずだ、絶対に。俺はファラに、それは俺のセリフだろ?って言ってやりたいところをぐっと堪えて、代わりにこう言った。

「そりゃ、どういう意味だ?」

そう言われてファラはきょとんっとこちらを見た。それから、俺の意図が分かってないのか、笑って言う。

「だって、あのキールだよ?小さい頃は泣いてばかりだったから、私にとってはずっと手のかかる弟みたいな存在だと思ってたんだ。それが今じゃ、大切なメルディをしっかり思いやってお互いに支え合っていける男の子に成長したんだよ。姉の私としては、…なんだか先越されちゃったなって思うじゃない。」

そういう意味かよ、一瞬でも期待した俺がバカだった、と内心がっくりと肩を落とした。姉と弟ね、と俺は口元に乾いた笑みを浮かべるが、ファラは別段こっちを気にした風もなく続ける。

「メルディもね、かわいいんだ。昨日一緒に話している時だって、ほとんどキールのことばっかり。キールのこと文句言うときでさえ、なんだか嬉しそうにしゃべるんだ。」

その様子はどことなく感傷に浸っているような雰囲気がして、普段の明るい様子とはギャップのあるファラに俺は訳の分からない衝動に駆られそうになった。ファラの表情は何も言ってなかったけど、俺だから分かる。ファラの瞳は羨望でいっぱいだった。

 

―本当にお前はそれでいいのか?―

ふと、昨日の夜キールに言われた言葉が頭をよぎる。

 

―分かっていないのは、お前じゃないのか?―

昨日キールにそう言われて、俺はあいつになんて答えたんだっけ…。

 

 

〜昨日の夜〜

「で、おまえたちはどうなんだ?」

メルディのことで相談と称した、本人自覚なしのメルディへの惚気が一段落して俺が一通り笑い転げた後、あいつはそう切り出してきた。

「ん、何が?」

キールの言いたいことなんてすぐに分かったが、敢えてそう答えた。簡単にキールに自分の状況を教えるのはなんだか気に食わない。

「…いいだろう。それじゃ、言い方を変えるが…」

何がいいのかさっぱり分からない。俺は無視を決め込もうとして、

「お前はもう所帯を持つのか?」

思いっきり吹き出した。もっと違う言い方で聞かれると思って身構えていた俺は、話があまりにも飛躍しすぎて頭がついていかなかった。まるで拳で来ると見せかけて、不意打ちで昌霊術を食わされた感覚にも相応しい。

「いっきなり、何言い出すんだよ、キール!」

食って掛かった俺の言葉に、あいつは涼しい顔で受け流す。どうやら想定していた反応だったらしい。

「いきなりじゃないさ。お前だってもう二十だろ?所帯を持つのには適齢期だ。で、どうなんだ?」

そうラシュアンじゃ、俺の年には結婚するかは別にしても、もう誰を伴侶に選ぶか決めているのが普通だ。俺やファラみたいに一人暮らししているのは特別な方で、こんな田舎で暮らしていくためには少しでも早く結婚して家庭を持つことが求められる。それは農家や猟師が主流なラシュアンじゃ、一人で生計を立てていくことは難しいからだ。独り身でも猟師として十分に暮らしていける手腕を持つ俺でも、それは例外ではなかったらしい。事実、何度かそういう話を村長から持ちかけられている。俺はキールがあいつとの事聞いてこないで、こんな話を持ち出すものだから逆に怪訝に思う。だが、あいつは何を考えているのか、早く答えろというように俺の言葉を待っている。

「…そんなのないに決まってんだろ?!大体あったらお前たちに連絡して…」

お前だって聞かなくても分かることだろう、と言外に含めて面倒臭そうに答えた。

「それはこっちだって重々承知してる。わざわざ聞いたのはおまえがしらばくれるからいけないんだろう?」

俺が言い終える前にキールが口を挟む。だったら聞くなよな、と軽く睨み付けながら俺はキールが言った通りさらに白を突き通す。

「俺にはなんのことだか思いあたらねぇけどな。」

俺の言葉を聞くや否や、キールはあからさまにため息をついた。そして、これは黙っておいてやろうと思ったのだが、と嫌な前置きすると話し始める。

「今日、お前達と再会する少し前だ。実に興味深い話を聞いた。」

「それが?」

また話が変わって、俺は今度は何だよ、という風に問う。

「お前来る見合い話、全て断わってるそうじゃないか?」

ゴィーン

目の前のテーブルに思いっきり頭をぶつけた。ひりひりいう頭を手で必死に押さえつけて顔を上げると、彼の幼馴染は得意そうにこちらを見下ろしていた。くっそー、と心の中で恨みがましく言葉を吐く。

「どうしてそれを…」

俺と村長しか知らないはずだ、という言葉は飲み込んだ。なにせ今はこの村の住民でないキールまで知ってるのだ。もしかしなくても、このことを知らない人間の方が少ないのかもしれないという恐ろしい事実に行き当たる。顔の血の気が一気に引いた。他のヤツなんてこの際どうでもいい、ファラには知られてないよな、とそればかりに思考が行って俺はうろたえる。俺の心情を察したのかキールは小さくため息をつくと、少しは自覚したほうがいい、と言ってきた。俺が何がだよ?と聞き返す前にあいつは話し出した。

「今、ラシュアンじゃその噂話で持ちきりだ。考えても見ろ、つい昨日まで同じ村で猟師をやってた近所の少年が、一年後旅から帰ってみれば、王族も優遇する世界を危機から救った英雄だ。ただでさえその肩書きで、村中から注目を浴びる。おまけに、その少年は誰とのお見合いも断って、めぼしい恋人すら作らないとなれば騒がないほうがおかしいだろう。今は誰がその英雄を落とすかって話にみんな夢中だ。まぁ、もっとも誰が一番予想されてるかなんて、僕が言わずとも分かるだろう?」

キールの話に納得せざるを得なかった。こいつから事実を聞かされたのはなんだか腹が立ったが、他の誰かに教えられるよりよっぽどマシだと思い直す。それにだ。もし何も教えてもらえないままファラなんかにいきなり聞かれでもしたら、それこそ今よりよっぽど肝が冷えただろう。最悪のケースが回避できたことにはキールには感謝するが、それをわざわざ素直に口に出す気にはなれなかった。それに加えて、感情までは思う通りには割り切ってくれないらしい。聞かれてもないのに、言い訳が口からずるずると出た。

「べ、別に…、見合いの話は、その、結婚とかまだ考えてねぇし…。そんな状態で受けたって相手に失礼なだけだろ?…だから、ファラは関係ねぇ」

だから、言ってはいけない単語をつい口にしてしまった。

「僕は一言もファラだなんて言った覚えはないぞ?」

「キール!お前っ…。」

そういわれて気づいたときには全てが遅かった。キールは勝ち誇ったような顔をしてこちらを見ている。どうやら俺の口から言わせることがヤツの作戦だったらしい。けど、同時に呆れもした。俺に言わせるためだけに今までのまどろっこしい会話を繰り返していたことになる。頭がいい奴は考えることが心底分からないと思った。だからといってキールに単刀直入に聞かれても、お前には関係ねぇだろう、の一点張りだったと思うけど。俺は時間を無駄にするような長期戦を行ったキールに呆れて、素直にこいつの話に乗ってやることにした。キールは真剣な顔で口を開く。

「これが本題だ。お前達、当人同士だけで婚約を結んでいるのか?公にできない理由があるなら、僕達だって協力は惜しまないつもりだ。だから話してくれ。」

お前マジでそう言ってるのか?って聞き返してやりたくなったが、本気で自分達のことを案じているのが分かったのでそう言うのをやめた。

「そんなのしてねぇって。」

いちいち否定するのも、虚しく感じるがそこは考えないことにした。キールも俺の言葉が嘘じゃないことを理解したのか、今度はこう返した。

「それじゃ、なぜ恋人同士であるのを秘密にする?事実を知っているのもごく一部で…」

「なんだよ、それは!言っとくけど秘密も何も、俺達はまだそういう呼び名の関係になったつもりはねぇよ!!」

勝手に決め付けられた怒り半分、照れ半分でリッドは怒鳴り返した。だが、キールは俺の声に怯むことなくポカンとしている。どうやらこいつはそうだと信じきっていたらしい。奥手なこいつですら彼女作ってりゃそう考えるのも無理もないか、すごく癪ではあるが。

「…つもりはないって、それは本当なのか?」

あっけらかんとしたままそう聞き返してくるものだから、逆にこっちはムカついてくる。

「そうだよ!悪いかっ?!」

半分けんか腰でそう答えた。キールはしばし呆然としたままだったが、我に返ったのか落ち着きを取り戻した声で詫びてくる。

「すまない、僕もメルディもてっきりそうなのだと思っていた。ああ、でも話してくれた村人が誤解するのも無理はない。毎日ファラがお前の家を出入りするのを見れば、そうだと解釈もするだろうな。」

全然謝られている気にならない。お前達あれから一年も経っているのに、まだなのかとあてつけて言っているようにも聞こえる。

「…お前そんなこと言って、明日は覚えてろよ。」

キールに届かないくらいの声で呟いた。明日メルディが来たら、みんなの前で容赦なく盛大にからかってやることを決意する。それにしても、と思考をさっきのお見合い話に戻す。一応はこいつに確かめておかなければならないだろう。

「なぁさっきの話、ファラは知ってんのか?」

そう聞くと、キールは首を横に振る。

「少なくとも僕は話していない、お前達が付き合ってるものだと信じきっていたからな。ちなみにメルディも知ってるぞ。あいつがファラに話したかどうかは僕にも分かりかねるがな。」

「お前が知ってりゃ、そうだろうなとは思ってたぜ。」

負け惜しみだと分かっているが、そう皮肉を言ってやる。どうやら事態はかなり芳しくないらしい。メルディのことだから言う確率のほうが高いだろう。だからってこんな夜分にファラの家に行って口止めするのも、それこそ怪しまれるからできるわけはなかった。そう思案していると今度はキールが真剣な声で話しかけてきた。

 

 

「まだ付き合っていないのだったら、どうしてお前は自分の気持ちを素直に言葉に出して伝えない?まさかこの一年間、何も考えずに過ごしてきたわけではないだろう?」

「……。」

もうイタチごっこはごめんだった。だから答えようとしたけど、なぜか言葉が出てこない。

キールは俺が答えないのを意図的なもの取ったらしい。そのまま話を続ける。

「お前が見合い話を断るのは当然な話だな。それは、お前はファラ以外考えられないからだろう?だから、見合いをする必要もないんだ。そして、それはファラも同じだ。僕は一年前のあの旅の時に痛感したよ。ファラの傷を癒し続けてやれる奴なんてリッド、お前以外の誰にもいやしない。これだけ明確なものがあるのに、なぜお前達は先に進もうとしないんだ?」

今度はキールは俺の言葉を待つために口を閉ざした。俺は真摯な目で見てくるあいつの視線を受け止める。

「…何も知らねぇのに、分かった口利くんじゃねぇ。」

そのときの俺の目は敵に立ち向かう時の鋭い目だったと思う。キールの驚いた表情でそれが分かった。

「僕が何を知らないと……」

言うんだ、という最後の言葉をあいつは言うことができなかった。よっぽど俺は怖い顔をしているのか、悲しい顔をしているのかここには鏡がないから判断できない。この部屋の空気が凍てついてしまったので、俺は無理やり口元に笑みを浮かべ低くなりすぎた声を戻して平静を装った。今更ではあるけど。

「…別に、お前が言ってること全部間違いじゃないぜ。まぁ、伴侶に選ぶのは……ファラしかいないとは思ってるし、あいつを守ってやれるのも俺だけだって思ってんだ。」

「だったらどうして!」

キールは俺の様子が元に戻ったことに安堵したのか、分からないという顔で問い質す。

「それじゃ、ファラが関係を進展させることを望んでないって言ったら、…お前信じるのか?」

「それは、そんなこと…」

ないとは言い切れずにキールは口籠った。俺はそんなキールを他人事のように見ているだけだった。しばし黙り込んでいたキールだったが、再び口を開く。

「けど、そんなのおかしいじゃないか?!お互いに想い合っているのに、立ち止まったままなんてどうかしている!見ているこっちが迷惑だ!!」

半ば悲鳴に近い叫びを上げる。誰に対して怒っているかも叫んでいるキール自身分かっていないようだった。

「大体リッド、お前だってどうかしているぞ!ファラにその気がないならお前がその気にさせればいいじゃないか?!なのにファラがそう思っているからって、素直にそれを受け入れて、今まで通り仲良く幼馴染やっているなんてそんなのおかしいだろ?お前に好きと言われて、ファラが嫌がるはずなんてないんだ!!」

矛先が俺に向いたので、俺も応戦してやることにした。ちょうどいい、鬱憤も少しばかり溜まっていたところだ。

「嫌がるはずないってどうして断言できる?言っとくけど、19年もずっと一緒に生活してきたんだ、ファラのことを一番良く理解してやれるって自負はあるぜ、おまえよりもよっぽどな。あいつが今一番願っていることは、今の関係の維持だ。相手の気持ちを分かってて、自分の気持ちを押し付けるなんて、そいつのこと本当に好きって言えるのかよ?少なくとも俺はそうは思わねぇな。」

俺の反論に、ぐっとキールは顔を歪ませた。元から皮肉に言い慣れている俺にキールが口喧嘩で勝てるはずがない。キールは叫んだせいで、ハァハァと荒くなった息を整えると静かにこう言った。

「恋愛もそうだが、全ての物事は努力してこそ成功を勝ち取るものだ。少なくとも僕はそう生きてきたつもりだ。お前は何もせず、ただ見守っているだけで本当にそれでいいのか?」

そう問われて、初めてキールの言葉に動揺した。だけど、それもすぐに振り払った。俺の役目はあいつが立ち止まったら、前に進めるように黙って手を差し伸べてやることだ。前に歩いて手を引いてやることじゃない。それは俺のやることじゃなくて、あいつの役目。俺達は今までそうやって生きてきた、リズムを作ってきたんだ。今さら変えるなんて、まっぴらごめんだ。

「…俺はそれがあいつのためだと思ってる。あいつのためだと思っているからこそ、一年間もこうして我慢してきたんだ。そんなの今更だ、違うか?」

俺はきっぱりと迷いがなくキールにそう言い放つ。キールは降参だ、とでも言うように手を横にひらひらとさせて答えた。

「お前がそう思っているのなら違わないさ、それがファラのためになるんだろう。」

こう言われて、俺は安心した。いくら自分が正しいと思っていても、他人に、特にキールみたいに親しい奴に否定されたら多少自信も薄れてくるからだ。しかし、キールの話はここで終わってはくれなかった。

「だが、本当の意味で自分達のことを分かっていないのは、お前じゃないのか?」

呟くように言った一言だったけど、狩りで鍛えられた俺の耳には十分に届いた。

「何?」

そう問い返すと、キールは驚いたようだった。どうやら独り言だったらしい。

「聞こえたのか?…要するに、一つの概念ばかりに囚われていると、大事なものを見落としやすくなる。そういう意味だ。」

キールの言うことは時々よく分かんねぇと思いながら、頭を掻く。あれだけで口を閉ざせばいいのに、最後に妙なことを言ってくるから変に引っかかる。

「へいへい、それはお前からの忠告として受け取っとくぜ。そんじゃ、俺はシャワー浴びてくるからよ。」

そうキールに言って、俺はリビングを出た。最後に残ったもやもやする気持ちを洗い流すために。

 

 

 

「リッド、今考え事してたでしょ?」

そうファラに聞かれて、今まで自分が昨日のキールとのやり取りを思い出していたことに気づいて、俺は我に返った。見れば、少しムッとしたファラの顔はすぐ近くにあって、その近さはファラの甘い香りを感じるほどだ。そのお陰で、本日二度目の抱きしめたい衝動とリッドは戦うことになった。もう、勘弁してくれよ〜、という泣き言を心の中で呟かずにはいられないほどだ。この大切な少女はただでさえ、ところ構わずお節介を焼くので目が離せないのに、男に対して鈍感というか無防備すぎて見ているこっちはさらにハラハラさせられる。旅してる時だってそうだ。レイスは結局いい奴だったけど、風昌霊の探索を行うときだってメルディに俺が心配されるほど仲良くなりすぎていた。だから、ファロース山でファラとはぐれてしまった時、レイスが一緒で俺は違う意味で不安を感じずにはいられなかったんだ。そして、その無防備さは俺にだって例外じゃない。旅から帰ってきた後は特に、どちらからともなく一緒にいる機会を作ってきた。それは旅の中で4人一緒に行動してきたので誰かが隣にいない寂しさからでもあったし、何より俺達は一緒にいることが俺達の中でいつも通りになってしまったからだった。だから、今日みたいに自分の理性と格闘することなんて時々ではなかった。リッドはなんとか抱きしめたい衝動を全身の理性を総動員して押し殺した。こりゃあ、セイファートの試練よりよっぽどキツイかもな、と心の中で呟く。目の前のこの世界で一番大切な少女に手を伸ばすだけで、触れるのは、自分の胸の中にすっぽり収めるのは簡単だった。けど、それはできない、いや許されない。そんなことしたら彼女が、自分達の今の関係が壊れるのは明らかだった。リッドはファラには嫌われてはいない、むしろ好かれている自負はある。けど、それが俗に言う「恋心」なのは分からないし。正直言って、ファラが自分に恋人としての関係を求めてないことを知っていた。彼女は怖がっている。幼馴染としての殻を破ることに。だからって自分がその殻を壊すわけにはいかない。辛抱強く待ってあげなければ、ファラを傷つけてしまう恐れがある。それがリッドにとってもっとも恐怖することなのだ。だから、時々無意識にファラを求める自分が怖くなる。さっきの自分の家の時だってそうだ。キールのせいで疲れていたとはいえ、ファラにもたれ掛かってしまったのはかなり不覚だった。キールには言わなかったけど、自分ももしかしたらそうした行動を、ファラに拒否されるのが怖いのかもしれない。だからどんなに近くにいても、どんなに自分が望んでいても、それを今の関係を崩すような真似はできなかった。それは、ファラのためでもあり、自分自身のためでもあるから。

他の事に気を紛らわそうと、ファラから目を逸らしてリッドは話を変える。

「…悪かったな。」

「考え事してたこと?」

間髪いれずにそういう返答が返ってきて、リッドはため息をついた。どうやら彼女は少しばかりご機嫌斜めらしい。リッドはそれもそうだけど、と頭を掻きながら、今度はちゃんとファラを見た。ファラとの距離がちょうどいい位置にあって少しばかり安心する。

「本当はメルディ達と一緒に飯食いたかったんだろ?」

そういった途端、ファラの表情は柔らかくなって微笑んだ。満更でもなく嬉しく思う反面、その顔は他の男の前でやるなよな、と釘をさしたくなった。

「やっぱり、リッド分かってたんだ。」

目を逸らしながら少しばかり拗ねたように言う。言外に、なんで分かっていたのならあんなこと言ったの?という意味も含んでいた。俺はもうリングのない空を見上げながら話す。

「さっき俺の家でキールをからかった時に言いかけてたことだ。キールの奴ときたら、昨日一晩中ほとんどメルディの惚気しか話さなかったんだぜ?」

はっとファラが思い出すのが気配で伝わってきた。そういえばリッドの家に来た時になんか変な空気だったっけー、と隣でファラは思い出したように呟いている。

「あいつ…、俺が寝ようと布団に潜るなり、『リッド、お前の助言が欲しい』って言うから何かと思って聞いてみれば、ずっーとグジグジメルディの惚気を言ってくるんだ。隣でずっとそんなことしゃべり続けられたらこっちだって寝付けねぇだろ?俺は仕方なく早く終わらせるためにリビングのイスに座らせて話を聞いてやったんだけど、夜が明けても終わらないし、聞き流して寝ようとしてもなかなか眠れなくてあんな状態なってたって訳だ。」

ああっとファラの納得したような声が聞こえた。それであんなにリッド不機嫌だったんだね、と同意を求められるが俺には記憶がなかったので、そうか?と返しておく。

「…それじゃ、キールが何か呟いてたのって―…?」

「そう、惚気!」

俺がそう答えたら、ファラはぷっと吹き出して声を上げて笑った。そんなファラの様子に、俺もつられて笑う。一通り笑ってもまだおかしいのか、笑いながら俺に確かめるように尋ねた。

「それでリッド嫌になっちゃって、私が来るなりご飯も食べずに狩りに行く支度したんだ?」

リッドがご飯も食べずに出かけるから、私びっくりしたんだよ?と付け加える。その間もファラは笑ったままだ。俺は得意になって話す。

「明け方過ぎまであいつの惚気話聞いてみろよ?逃げ出したくもなるぜ!おまけにメルディが来るなりいちゃつくしさ。ほーんと、前のキールからは想像もできないよな?」

「本当だね!」

でも、と言ったファラはさきほどのおかしそうな表情は浮かべていなかった。

「キールとメルディ同じことしてたんだ!あ、聞いてる私たちもだね?」

さっきメルディもキールのこと話してたって言ったでしょ?という顔でこっちを見上げてくる。その表情はすごく嬉しそうで、こういうときの仕種は何か言いたいときのものだ。

「何が言いたいんだ?」

素直に聞いたら、分からないの?というような顔で見返された。そして、俺ににっこりと微笑むとこう言った。

「こういうのってすごく幸せだなぁって思って!」

ファラの愛らしい笑顔に、自分の顔が火照りそうになるのに気づいて、なるべく自然に見えるように顔を逸らした。照れ隠しにそっけなく、そうだな、って言ったら、もう、リッドってば本当にそう思ってるの〜?と少し怒られた。

 

 

なぁファラ。俺はお前が幸せだって言うなら俺も幸せだと思うし、お前が幸せだって言うこの世界を守り続けたい。例えそれが、キール達みたいに想いを伝え合うことじゃなくても、それが俺たちの幸せの形なんだよな?そうだって俺は自惚れててもいいんだよな?だったら俺はお前の周りも含めて全部守ってやっから、安心しろよ。

 

なぁ、レイス。それが真に『守る』って事だろ?

 

 









あとがき:

続編第3弾でした。前回はファラ&メルディ視点で書いたので、今回はリッド視点メインです。ファラの矛盾したリッドへの想いが伝わってくれると嬉しいです。

執筆:200739





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